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最後の晩餐

普段、金曜の夜なんてものはそれぞれ自由気ままに過ごしている2人だけど、その日は珍しく中目黒の駅で待ち合わせをした。しかも、まだ21時にもなっていない時間。

冷静に考えると、仕事終わりに待ち合わせてデートをするは、はじめてかもしれない。

その街に暮らしたのは2年半。
毎朝小学校の給食の匂いをかぎながら会社に行き、週末は隣のお寺の線香の香りに季節を感じた。
引っ越してきたその日に『もつ焼き ばん』で噂のレモンサワーを飲み、犬の散歩の途中に『ストリーマーコーヒー』と『オオゼキ』に寄って、酔った帰りに五本木の『花たこ』でたこ焼き買って(移転したお店には行けてない 涙)。
休日気分がいいと『ポポット』でガレットとシードルでブランチをしたり、犬を連れて世田谷公園や近くのカフェでアペロをしたり、夕方の混み合う前の『しとらす』で皿うどんを食べたり。
入籍の日は奮発して『ボンシュマン』というレストランに行って、大晦日には『いしおか』で瓶ビールと天ざるを食べた。

「ああ、この街を出るんだ」と思ったとき、どうしても食べておきたい味はいくつもあったけど、バタバタとしていたら明るい時間にのんびり思い出を語る時間を作ることもできないまま、もう翌日は引っ越しとなっていた。


そんなわけで珍しく引っ越し前夜の金曜の夜デートをした私たちが向かったのは『舌雅』。

頼むのはいつも同じ(と、言っても3回目だけど)。

生ビールとゆでたん、タンの炭火焼(薄切り)。焼酎の水割りと、麦とろごはん、牡蠣スープ。


お通しのスモークタンがのったサラダを食べながら、乾杯をして、カウンターの隣の人たちの会話に耳を傾ける。

ゆでたんが来る頃に、佐藤の黒を水割りで頼みちびちび飲む。そして、隣の会話に耳を傾ける。ときおり、目配せをして。

麦とろごはんと牡蠣スープで締めつつあるとき、ふと横を見たら、お酒のせいか少しぼーっとしている夫がいた。

牡蠣スープは滋味深くて、涙とか汗とか人間の味に似ている(いい意味で)。染み入るミネラルを感じながら、それぞれが少しセンチメンタルな感傷に浸っていたのかもしれない。


口数少なく黙々と食べる2人をマスターは不思議に思ったのか、帰り際に「お口に合いましたか?」と聞いてきた。

「はい!また来ます」。

***

新しい街に引っ越しても、きっとまたあの味が欲しくなる。
そういう風に食べたいものが増えるのは、そして、“あのときの味”と思い出せる味をきちんと味わえることは、結構幸せなことなのだと思いました。

五本木、ごちそうさまでした。また来ます。


#グルメ #引っ越し #日記 #私の好きな店

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