病床
PCR検査の結果は陰性だった。
陰性だとして、じゃあこれは何なんだろう。
初期症状に多くみられるように、なかなかの高熱があり、胃腸が断続的に痛む。痛んでいない時間も下腹部がむずむずする。これってもしかして
「腸炎でしょうね」
私と医師の見解は一致した。というのも、半年前に牡蠣を食べてまったく同じ症状を経験しているのだ。ここまで被害者づらをしてきたが、実は数日前に生焼けの肉を食べている。絶対に原因はそいつだ。発熱外来の医師にこのことを伝えると防護服越しに失笑されてしまった。本当に申し訳ない。ただ万が一ということもあるので、PCR検査を希望した。梅干しとレモンの画像がプリントされた紙を目の前に出されて、なんとなく小学校受験のことを思い出したりした。いままでかかったどの医師よりも対応が丁寧で、安心からか症状がおさまりはじめて妙に焦った。検査結果は電話で報告してくれるということで、午後の陽光を浴びながら比較的ゴキゲンに家路についた。
ところが電話を待つ間に熱と腹痛はぶりかえし、ベッドに横たわって天井を眺めるうちに不安も増幅されていった。もし陽性だったら多くの人に迷惑をかけることになる。リンゴジュースってこんなにうまかったっけ。寝たり起きたりトイレに駆け込んだりを繰り返すうちに夜になった。YouTubeに救いを求めていると、テレ東局員が自身の感染の経験談を投稿しているのを見つけた。どのように症状が発覚したか、陽性と判明した場合どのような手続きを踏むのか、ホテル療養の実情はどうなのかなどがおよそ30分にわたって詳細に語られており、検査結果を聞く心構えを持つのに役立った。そのなかで、後遺症について説明する場面があった。彼は完治と判断されて三週間が経過しても、息切れや倦怠感が抜けないのだという。仕事にも精が出ない、と深刻そうに話す彼の下に「それは個人的な問題の可能性も…」というおちゃらけたテロップが表示されて、ふざけんな、と思いつつめちゃくちゃ笑ってしまった。し、泣いてしまった。生きてふざけられることのどんなに尊いことか。結果がどうであれ、つとめて慎重に、そして健康に生きようと誓った夜だった。
レンジであたためたうどんを食べていると電話が鳴って、慌てて出ると、陰性でした、という報告に続けて、よかったですね、という穏やかな声が聞こえてきた。うどんを口に含んだまま心の底からの感謝を医師に伝えた。大学受験の合格発表より緊張したかもしれない。熱と腹痛はいくぶんよくなってきている。
肉は本当によく焼いた方がいい。