わたしはわすれることがこわい

わたしはメモ魔だ。たぶん昔からで、学生の時は制服のポケットにメモ帳とペンがいつも入っていたし、新しいバイトを始めるときはお気に入りのメモ帳を持って行った。

とにかく自分が信用ならず、覚えていないことでまわりに迷惑をかけてしまうのが怖い。
それに「あれを覚えておかなきゃいけない」と頭全部をそれに支配されるのも嫌で、とにもかくにもメモメモ、だった。

ラブホテルを巡りだしてすぐのとき、写真をたくさん撮っているし、特に書くこともなかろうと思って、別に何もしなかった。後々「あれはどうなってたかな」とか「あれはあったかなぁ」とか気になることが増え、やっぱりメモいるやん!となり、記録をしっかりメモに落とし込むという現在のスタイルに至った。

今まではなにかを覚えないといけないときだけ書いていたけど、数年前から「何時にどこにいた」とか「何時になにをした」というログまで取るようになった。

きっかけはじいちゃんばあちゃんの認知症だった。二人はそれぞれ症状が異なっていて、じいちゃんは最近のことはわかるけど昔から継続している記憶をたぐるのが苦手で、ばあちゃんは最近(それも分単位)のことが覚えられないけど昔のことはわりと覚えている。
ばあちゃんはわたしが誰なのかわかっているけど、じいちゃんはわたしのことは誰かわからなくなってしまってる。
このことはあまり悲観していなくて、じいちゃんは忘れてても、わたしが覚えていればそれでいい。

人だけじゃない。
場所とか出来事も誰かが覚えていれば存在する場所があるのと同じじゃないかと思った。

それならわたしは、忘れたくない。最近のことも、昔のことも、人も出来事も場所も、できるだけ忘れたくない。でも元々そんなにキャパがある人間じゃないし、ここはいろんなツールに頼るしかなく、メモ魔に拍車がかかってしまった。

と、言ってもどこでもかしこでもメモが取れるわけでもなく、そういう場所では嫌でも忘れていく。なかでもすぐに忘れてしまうのがライブ。セットリストやMCはほんとにすぐ忘れてしまうし、終演後「最高やったー!」と語彙力ゼロの感想を述べることしかできない。一緒に行く人が詳細に感想を語る人だと、その人の記憶で補完することだってある。

ついこないだも、ライブに行ったのだけど、MCがまぁくだらない。ほんとにくだらねぇな〜!と大笑いしてしまうほどくだらないMCで(ちなみにこれは褒め言葉)当の本人たちも「くだらないからすぐ忘れられちゃうんだよ!」と言ってたくらいで、終演前からホントにみるみるうちに忘れていき、いつものように「最高ー!」という語彙力ゼロの感想を言って余韻に浸っていた。

それから数日後、その人は逮捕されてしまった。
傾向や今までの活動を見ても、別に生真面目な感じじゃないし、なんならドラッグをやってると聞いても「へぇ、そうなんや」くらいの感想しかでない。だから、ショックという言葉は合わない気がするけど、一言で表すならやっぱり「ショック」という言葉以外思いつかなかった。
なんでこのタイミングなんだ、レギュラー番組終わるのか、これからどうなっちゃうのか、またライブは見れるのか……全部ひっくるめて「ショック」。
こちとら、筋肉痛とともにまだ余韻を楽しんでいる最中だ。氷水よりも冷たいものを浴びせられたみたいだった。まだまだ冷める気配のなかった余韻はさーっと消え去った。急に冷えた頭は、眠気も忘れてしまって、眠れなかった。

ただただ「最高だった!」という気持ちしか残っておらず、もっと覚えておきたかった、もっと目に焼き付けて頑張って覚えておけば良かったと後悔の気持ちに支配されてつらい。もちろん、中止になった公演があることを思えばこれだけでもありがたいと思うべきだけど。

かすかに残る記憶さえ忘れてしまったら、その最高な夜がなかったことになるような気がする。口を開けば「最高だったな〜」と言って、なかったことにならないように自分に暗示をかける。

わすれることは、本当にこわい。でも今回は、今回のことだけは「最高だった」という気持ちだけしっかり残して、次のライブのために記憶の容量を空けて戻ってくるのを待っていたい。

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逢根あまみ
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