『はじまりはいつも雨』の祝福
わけもなく君が消えそうな気持になる 失くした恋達の足跡(あと)をつけて ASKA はじまりはいつも雨の歌詞より
はじまりはいつも雨を歌う時、この歌詞にたどり着くと毎回胸が切なくなる。
私がASKAを好きになりこの曲と向き合ったのは14歳だった。人の顔色ばかり伺い、勉強にも部活にも集中できず、ただ毎日をやり過ごすことに精一杯の日々。夢など無く、自分は何が好きなのかすら分からないまま、度の合わない眼鏡をかけては空ばかり見ていた。
そんな時私はASKAに出会った。誰かを好きになり、身体中に熱い思いを膨らませ、想像の世界で生きる喜び。好きと言う気持ちはこんなにも心を明るくしてくれるのだと私は知った。
それからは毎日ASKAを聴く日々。あの頃はテレビもラジオも今より頻繁に出てくれていたから、ビデオを繰り返し見ては胸をときめかせた。そして私は、度の合わないメガネから、度をしっかり合わせたコンタクトへと変えた。
幼い頃父を亡くしているせいか、全ての人やものは消えてなくなるという思いがいつも私の胸の内から消えることがなかった。根付いてしまった気持を変えるのは難しく、何をやるにもどうせ消えてしまうのだから頑張っても意味がない、そんな理由をつけては、自分と向き合うことを避けて生きていた。
ただASKAだけは違った。彼はいつも歌がうまくハンサムで勇敢でクールだった。私のヒーロー。曲を流し目を閉じさえすればよかった。そこには全てがあった。
パッとしない私の14歳はこんな風にASKA一色で過ぎていった。
はじまりはいつも雨を手に取り再生ボタンを押し歌詞カードを見つめる。君、雨、水、愛、僕、空、星、そこに部品。愛の部品…幼稚な私はネジや鉄やスパナを描いて首を捻った。抽象的な愛と具体的な部品がどうしても結びつかない。すぐに諦める私でもASKAの歌は何度も考え何度も聴いてを繰り返した。
私はASKAの曲を聴くことで、自分と向き合っていたのだろう。ASKAの曲を通過するとその奥にいるのは自分。ASKAの曲の喜びや哀しみや愛や叫びは私の喜びや哀しみや愛や叫びでもあった。ASKAの透き通る声、メロディー、詩は、私の心を呼び覚ますはじまりの歌だったのだ。
わけもなく君が消えそうな気持になる 失くした恋達の足跡(あと)をつけて
14歳の私はいつか現実世界でASKA以外の誰かと恋に落ち、『君』が消えそうになる恐怖と向き合うのだろうか…よくそんな風に考えていた。消えてしまうことに恐怖を持つ私は、恋する気持ちは知っていても生身の誰かと恋を共有する世界が全く想像できなかった。私は、はじまりはいつも雨という歌は純粋なラブソングだと思っていた。愛と恋との違いも分からないが、誰かを純粋に愛する歌。そしていつも雨。二人を包む雨。僕にとって雨は涙じゃない、悲しみじゃない、『祝福』なんだ、私はそう思うことにした。雨が嫌いだった私でも、愛と雨は表裏一体なのかもしれないと漠然と答えを導いた。
時は流れ、私はシンガーソングライターとして弾き語りをしている。今回seikoさんに誘われてこのイベントに参加したわけだが、もちろんはじまりはいつも雨を弾き語りでの参加だ。尊敬するASKAさんの曲を毎日弾いて歌った。私はこの曲をどのように歌えばいいのか。何度も何度も考えた。
ある時、ASKAさんがはじまりはいつも雨について話してくれた。
『あの曲は時間かかったんだよ…』
それを聞いた私はただただいつも以上に、一つ一つの音を大切に丁寧に弾いて歌った。
空からきらきらと輝く音符が舞い降りる様な祝福を受けた。
『はじまりはいつも雨』の祝福だ。
14歳の頃この曲を『祝福』として聴いていた私と長い時間を経て繋がった。そしてあの時と同じように変わることなく『わけもなく君が消えそうな気持になる』を聴くと、胸が締め付けられる自分がいる。
一つだけ変わったことがある。それは、消えない気持ちはあるのだということ。好きな音楽に出会えた幸せもそう。私は変わることのない気持ちを一人静かに噛みしめている。
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