トンネルの向こう側
初めまして。
チーム平野里沙に所属(とは)している、どこかしらの誰かさんです。
今回は平野里沙さんを応援するにあたって
色々な思想が頭を巡り巡って眠れないので
「平野里沙さんの歌の考察」を展開していきたいと思います。
説明しておきますが、これは私個人の意見であり、みなさんが抱いたことのない感情を執筆している可能性もあります。お手柔らかにお願いいたします。
わたしが伝えたいことは大まかに以下の通りです
・歌、解釈について
・「トンネルの向こう側」解釈(1番)
・「トンネルの向こう側」解釈(2番)
前置きがめちゃくちゃに長いので、直ぐにトンネルの向こう側の解釈を見たい方は全力でスクロールしてください。
歌、解釈について
みんなさんは、歌についてどのような考えをお持ちですか?わたしの考えは「無限の可能性」です。その曲を聴く環境、自分の心情などによって歌詞の「意味」を自由に解釈出来るので、心の痛みなどに寄り添ってくれるように考えます。その為、作った本人も意図としない意味合いで人の心に刺さるということも有り得るかと思います。その中で、私なりの解釈(考察)を皆さんに見ていただければと思います。
トンネルの向こう側 解釈(1番)
「迷い込んだ暗闇」=「人生の低迷期」
だと私は解釈しています。
長い人生の中で探していたのは
「こんな場所」=「人生のどん底」じゃなかった。
生きていれば何度も経験する、人生のどん底。
こんな気持ちや生活を望んでいたわけじゃない。
あるいは、大切な人を亡くし、どん底に突き落とされたとも解釈できるかと思います。
「幸せってなんなの?」=「自問自答」
幸せとは何か。それは人によって解釈が全く違います。その答えを自問自答しても見つからないのは分かっています。それでも、自分に問いかけ、考え、人生のどん底からの脱出を試みているのかもしれません。
「どれだけ走ればたどり着くの?」
どれだけ足掻けば普通の人と同じになれるのか
「走る」=「頑張る」だと私は解釈します。
焦っては壁にぶち当たって、またひとつずつ心に傷が増えていきます。
それでも「出口の見えないトンネル」=「いつ終わるか分からない人生のどん底」を「走ってく」=「諦めないで、頑張って」そこには「輝く未来」=「幸せな日常」があると信じて。
このように、1番の歌詞を見て捉えられるのは
・人生のどん底に突き落とされた自分に自問自答を繰り返し、諦めないで頑張って幸せな日常を取り戻そう。
ということが見て取れるかと思います。あくまでわたしの解釈です。
ここにインディーズアーティストということを織り交ぜて解釈してしまうと「平野里沙のお話」になってしまうので、みんなさんに伝わるように敢えてそこは省いています。では、2番の解釈へ移りましょう。
トンネルの向こう側 解釈(2番)
「迷い込んだ絶望の淵」=「希死念慮」だと思います。希死念慮というと難しく聞こえるかもしれませんが、「もう死んでしまいたい」という思いを強く抱いてしまっているのかもしれません。
「もうこれ以上前へは進めないと見越して」
1番の考察では、諦めないで頑張って素敵な日常を取り戻すことを決意したのですが、「これ以上前へは進めないと見越して」=「頑張ってもどうにもならない事が分かった」だと解釈します。
これ以上頑張ってももがいても足掻いても、幸せな日常には戻れないと立ち止まって気づきました。ですが
「立ち止まって気づいた私は一人なんかじゃなかった」
「たくさんの人に支えられてきてここまで背中を押されてきたこと」
立ち止まって気づけたのは「自分はひとりじゃない」「応援してくれる家族や友人が居る」「その皆に支えられてここに居る」ということ。立ち止まってそれに気づけなかった人達が沢山いるのにも関わらず、それに気づけた自分にまた元気を貰える。そうして少しずつ前へ進んで行けるのだと思います。
「転んでもまた立ち上がり」=「失敗しても挫けずに」
失敗しても挫けない力が備わったことで、失敗は成功のもと、と割り切れるような心を手に入れることが出来ました。
「少しは強くなれたかな」=そのままの意味で、少しは心も体も強くなれたかな?と自分に問いかけているのだと思います。
「あなた」=「大切な人」となら振り返らずに、生きてる限り人生が好転する可能性があると信じて。
ここで、「生きてる限り」という言葉が出てきました。
「迷い込んだ絶望の淵」を考察したときに導き出された答えは何だったでしょうか?
そうです「希死念慮」です。
ここで、生きてる限りというワードが出るということは、やはり「死んでしまいたい」という気持ちを持っていたということが確認できます。
この後の「どこまでもどこまでも 続く出口の見えないトンネルを 走ってく諦めないで そこには輝く未来が そこには輝く未来が あると信じて」では、希死念慮から解放され、幸せな日常を手に入れるため、何度も何度も前を向いて進んでいく自分が居るということになります。
・死んでしまいたいと思うほどの狭間に立って気づいた、自分はひとりじゃなかったこと。たくさんの人に支えられてきてここまで生きてこられた。
・それを胸に、失敗しても挫けずに居られる強い心を手に入れた。
・大切な人となら幸せだった過去を思い返さずに今のどん底を覆すことが出来ると信じて進んでいく。
このように考察しました。自分≠平野里沙で解釈すると誰にでも当てはまるような素敵な歌詞だという結果になりました。
でわわわ、長い解釈を最後まで読んで頂きありがとうございます。また、平野里沙さんの色々な曲の考察を出していきたいと思います。
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