進め1億火の玉だ
さて、昨日ちょっとお仕事の方で会議に出る機会があったのですよ。
結構偉い人の出る会議、というか、一番偉い人と社外取締役みたいな人が出るような会議ね。
実は私のいるところ、コロナの影響をもろにかぶっておりまして、
結構なピンチになっている部分もあるわけなのです。
正直先が見えない状況なので、偉い人も、偉くない人も、みんな不安に押しつぶされそうな日々を過ごしているわけで。
そういった中、偉い人が、
「前から言ってるけどマジやばいんで、短期目標みたいなのを現状に鑑みて改めて考えようぜ!」
みたいな、今の現状を打破する方法を模索する会議を開いたわけなのです。
というか、それが目的の会議じゃなかったんだけど、結局はそれが議題の中心になったというか、そういうね。
私は別に偉く無いので控えてお話を聞いているだけなのですけど、最初の方は色々と数字とか具体的な話とか出ていたものの、まあ、そもそもコロナの影響を被っている今、抜本的な打開策というのはそうそう出るわけでもなく、というか半年も前からみんなしてウンウンと知恵を絞ってやっているわけで、それでもなかなか、ね。
スター選手がいるわけでもなく、イノベーションを起こすようなビッグアイデアが浮かぶわけでもなく、
それでもまあ少しずつ前に進んではいるけど、これじゃあねえ…みたいな状況が続いているわけなのです。
いわゆる万策尽きている状況なんですよね。
そんな状況だからなんでしょうね、ここで出てくる偉い人達の言葉がどんどん精神論になっていくのですよ。
「死ぬ気で!」(本当に言った)とか
「一丸となって!」(本当に言った)とか
「徹夜してでも!」(本当に言った)
とか、とか、
まあ、そんな前時代的なセリフが次から次に出てくるのですよ。
これ言葉つなげると、
「一丸となって、徹夜してでも、死ぬ気で頑張れ!」
みたいな話で、
あれ?戦時中かな?
なんて思うわけですよ。
ただまあ、これ、逆の立場になるとなんとなくわからないでも無いんですよね。
状況は最悪で、矮小な自分たちだけの力ではそういった大きな潮流を変えることもできず、
そんな中、持っている手札だけでなんとかしようにも、
連戦連敗で、先が見えない状況の中、残っている手持ちは「人」だけ、という状況。
ああ、こうして先の大戦でも、最後は精神論をかざして人を潰していったんだな、と。
思いや気持ちがあるからこそ出ている言葉なんだと思うし、
もし、それが自分の立場だとして、本当に思い入れが強く、諦め切れないものなら、やっぱりこうして精神論に頼ってしまう気もするのですよ。
個人レベルで同じような状況なら、出口が見えなくて精神的に縋れる何かに走るというのなら、いわゆる宗教にハマる、みたいな感じになるのではないかと思うのです。
などとまあ、わかったような口をきいていますが、下々のものとしては、そんなもの容易に受け入れるわけにも行かないし、というか、やっぱそういう根性論振りかざすのは逆効果だと思うのですよね。
だって、会議参加していた人たち、みんな目が死んでたもん。
結局会議はスッキリしないまま終わりました。
後日改めて、この状況を打破するための具体策を出すためのうんたらかんたら会議をするぞ、みたいなお話でした。
先程会議に参加していた人に聞きましたが、この会議名称、
裏では「進め1億火の玉だ会議」と名付けられているそうです。
私達は、何か歴史から学べているのでしょうか。