もたいさん
30代半ばの頃、激務で連日帰宅が23時近くの時期があった。
駅に着いたら死ぬほど空腹なのだけど、そんな時間から自炊する気力も体力もないので、私の晩ご飯は最寄駅前にある某ファミレスとコンビニと牛丼チェーン店のルーティンだった。
その牛丼屋さんにいつもいる、当時50代半ばくらいと思われる女性店員さん。度の強そうなメガネをかけ、髪をおだんごにした姿が俳優のもたいまさこさんにそっくりだったので、私はこっそり脳内で"もたいさん"と呼んでいた。
もたいさん以外の店員さんは皆、学生かフリーターらしき若い子ばかり。その若い同僚達に彼女はいつも仕事の愚痴を言っていた。昼シフトの人達がやるべき仕事をやらないものだからこっちにしわ寄せが来て大変だとか、昼メンバーは私達夜メンバーのこと大して客も来ないのに時給はいいんだから昼の仕事手伝って当然だ的な態度でイヤになるだとか。
カウンター越しにイヤでも聞こえてしまうそんなボヤキは自分が当時抱えていた仕事での不満とも重なって、大変なのは私だけじゃないんだから頑張ろう、なんて思ったものだ。
もたいさんは愚痴をこぼしながらも仕事ぶりがこなれていて、親子ほど歳の違う若いバイト君達からは「お母さん的存在」として、そこそこ頼りにされている様子だった。若い子達に混じって深夜の牛丼屋でせっせと働く彼女のことを、私はいつしか応援せずにはいられない気持ちになっていた。
今思えば無意識のうちに、将来の自分を重ね合わせていたのかもしれない。
しばらくして私は諸事情で実家へ居を移すこととなった。
荷物を取りに行き、あの牛丼屋さんに初めて昼間訪れたら、もたいさんが居るではないか!
よくよく考えたら、昼間のシフトに入る事だってあるだろうに、私の中で勝手にもたいさんは「夜の人」だったので、あれ?何でいるの?と、ちょっと驚いた表情を浮かべてしまったのかもしれない。彼女も私の事を「夜にちょいちょい来る客」として認識してくれていたみたいで、いらっしゃいませと言いながら、あら今日は昼なのねーという柔らかな表情を見せてくれた。
言葉は交わさずとも互いの事を「知っている」視線を交わし、ふと、もたいさんの名札を見ると、「店長」となっていて私はまた驚いた!
(店長のインパクトが強すぎて、その下にあった筈の彼女の本名は憶えていない。笑)
深夜に愚痴ばかり言っていて、この人辞めちゃうんじゃないかと思っていたオバチャンが店長に…さぞかし頑張ったんだろうね、良かったねと、私は心の中で精一杯の賛辞を送った。
もちろん、それから先の店長としての大変さはあるだろうけれど、もたいさんにとって店長になれたことが、それまでのご苦労に少しでも報いとなる事を願った。
自分がそろそろあの頃のもたいさんの年頃にさしかかり、これからの事を考えるとき、なぜか浮かぶのは夜の牛丼屋でボヤキながらもテキパキと立ち振る舞うもたいさんの姿だ。
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