作文教室(8月の窓から)
エアコンの冷気を逃さまいと窓をしめきった教室での夏期講習。隣りのやきとり屋からうんとよく冷えた空気をもらいながら、こちらの天井では大きな扇風機が3台ウンウンとうなっている・・・
香竜館学習塾ではこの夏4回にわたって作文教室を実施した。
最初に「作文は苦手な人」という問いかけに、そろりそろりと手が挙がっていた。
最初は緊張して固まっていた子供たちも、やはり実際に書くことによって筆が進むようになった。作文教室の模様と子供たちの様子をお伝えする。
物語を書こう
プロジェクタースクリーンに1枚の写真を投影させて、生徒たちに語りかけた。
「これは先生がこの夏、車で京都の木津川を走った時の風景です。本当はここに行く予定はなかったのですが、大阪の妹のところへ旅する途中で、カーナビに間違って連れて行かれました。」
「でもこの景色が一目で大好きになって、この場面でお話が書けそうだあ、書いてみたいなあ、と思いました。」
①舞台を観察する
「ここが今回のお話の舞台です。まず写真をよーく観察してください。」
「どこに何が見えますか?」
「もし写真が白黒なら、どんな色をつける?」
「どんな音が聞こえそう?」
まだ生徒たちの表情は硬い。
次に「比ゆ」の使い方を紹介した。
「『空はまるで〇〇のように青い』の〇〇に入る言葉を考えてみましょう。」
生徒:「自然!」「海!」「地球!」「びー玉!」・・・
「『雲はまるで〇〇のように白い』では?」
生徒:「わたあめ!」「マシュマロ!」「白米!」「絵の具!」・・・
生徒たちの表情がゆるみ発話が増えてくる。
実際に〇〇に出てきた言葉を入れて読んでみると文章が生き生きとして感じられる。
最近読んだ小説の冒頭に、とても気に入った描写があった。鮮やかで自然で明るくて、まるで絵を眺めているようだった。
「こんな表現ができたらいいな」そう思い、今回作文教室の開催を決めた。
②テーマを決める
舞台が整ったところで物語のテーマを考えていく。
今回は連想ゲームにヒントを得て遊び感覚でテーマを決めてみる。
まず中央にテーマの言葉を書く、そこから連想される言葉を放射状につなげていく。
「まず、この風景写真を見て思いつく言葉を3つ、何でも良いので書いてください。それぞれの言葉の周りにはスペースをしっかり取ってください。」
「次に、それぞれの言葉から連想される言葉を3つ、周りにつなげて書いてください。」
「それでは、真ん中の言葉に1〜3、周りに書いた言葉にも1〜3の番号を振り、同じ番号の言葉を集めてください。その中から一つのグループを選んでテーマとします。」
連想ゲームの例:金平糖は甘い、甘いはお砂糖、お砂糖は白い、白いはうさぎ、うさぎははねる、、、
③登場人物を決める
「次にいよいよ登場人物です。まずは主人公を決めましょう。主人公を中心にして事件が発生し、物語が進みます。」
「主人公の気持ちは変化していきます。その変化のきっかけを与えるのが、周りの登場人物です。」
最初はぼく、わたしが主人公、家族や友達を登場人物に選ぶと書きやすい。言わずもがな全員がその設定になった。
④最初は型通りに書いてみる
以前4コマ漫画を使って「起承転結」という作文の型を紹介した。今回は童謡の歌詞からヒントを得て、物語の型を作ってみた。
起:「おきる」【始まり始まり】
舞台なら幕が開きます。どんな場面かを詳しく説明しましょう。①の「観察」の時に見た色、想像した音など入れてみましょう。
承:「うけたまわる」【するとそこへ】
登場人物が動作を始めます。会話から始めてもいいです。②で考えたテーマに沿って話が進んでいきます。
転:「てんじる」【ところがしかし】
今までの話の流れが変わるところです。状況がかわり、主人公の気持ちにも変化が起こります。
結:「むすぶ」【ひとまずおしまい】
飛んでいた飛行機が無事に着陸するように、よかったねという内容で終わりましょう。物語のテーマの言葉をここで使うようにします。
原稿用紙に書こう
「原稿用紙にいきなり書きません。」
「原稿用紙を切って、起・承・転・結に分けて書いていきます。」
「余計なことを書くスペースがないので、本当に書きたいことがはっきりしてきます。」
今回は起:5行、承:10行、転:10行、結:10行に分けて紙片を配る。
今回の作文教室は、ここまで書けたら合格とする。
生徒の変化
実際に原稿用紙に書くころ、ひとりひとりの作品にはもうしっかりとストーリーがあった。それぞれの個性が出ていて本当に面白かった。同じ舞台から出発して、全く違った物語の世界が出来上がったことに感動を覚えた。
今回の作文教室を振り返ってみて、子供たちの心が高ぶっているのを感じた瞬間があった。まず比喩の表現方法を学んだ時、次に私の見本作文を読み聞かせた時、そして実際に原稿用紙に書き始めた時だ。
原稿用紙に書いたものを何度か直させたが、その度に書くスピードが速くなり、さらに表現もよくなって驚いた。また、保護者の方から後日、お子さんが「楽しかった」と言っていたことを教えていただいた。
私自身、作文教室を通して「書きたい」と思う気持ちが大いに高まった。世界を観察する目が大きくなり、そこから何かを感じとるアンテナが高くなったような気分だ。今後も何らかの形で生徒と共に作文の世界を探究していきたい。
見本作文
『夏の日のひこうき雲』
「お母さーん、河原おりてくるね!」
ゆかたに着替えた妹は、母の返事も聞かず飛び出して行った。今日は夏祭りの日。「早く、なつみを追いかけて!」
母にそう言われて、私はあわてて妹の後を追う。
しばらく雨が降っていないので川の水が減り、河原はずっと奥まで歩けそうだ。私の家は覆いかぶさるような緑の中にあり、目の前には川が広がっている。川の向こうの道路からの音は不思議とほとんど聞こえない。見渡す限り海のように深い青空、その足元で今、入道雲が生まれた。
「お姉ちゃん見て!」
遠くにいた妹はすっかりはだしになり、川辺をずぶずぶと進んではしゃいでいる。
「あー!もう、ゆかた!これからお祭りなのに!」
思わず大声が出る。無邪気だが身勝手な妹にいらだつ。
その時、妹は足をすべらせ、あっと叫ぶ間もなくジャボンとしりもちをついた。私があわててかけ寄った時には、妹はもう立ち上がって、ゆかたのおしりからポタポタと水をしたたらせていた。
「あーあ!やっちゃった!」
あきれながら、私は足元の水の気持ちよさを感じていた。入道雲は高く高く盛り上がっていく。私のあい色のゆかたのすそも濡れて、色が濃く、重くなっていた。
足の先で水をけ飛ばしてみる。あがったしぶきが光の中でキラキラとはじけて落ちた。私の心の中で何かがはじけた。さっきよりもっと強く水をけり上げる。それを見た妹は両足で交互に水をバシャバシャし始めた。
サラサラと静かに流れる川、草をゆらす優しい風、そんな音にすっかり安心して、私と妹は水遊びを楽しんだ。セミの集団はますます元気にシャーシャーと鳴き続けていた。ふと顔を上げると入道雲はむくむくと成長して、もう空の天井に届きそうだった。
「あ、ひこうき雲!」
空の色がいちばん濃いところを飛行機が飛んでいた。その後ろに白い線を長く引きずっていた。私はしばらく飛行機が進んで行く方を眺めながら「あの飛行機に乗ってみたいな…」とぼんやりと考えていた。
「はくしょん!」
その時妹が小さくくしゃみをした。妹のゆかたはすっかり濡れて足にぺったりと張りついていた。しまった。こんな格好で帰ったらきっと怒られる。母はどんな顔をするだろうか。
空を見上げると飛行機はほとんど見えなくなっていた。ひこうき雲だけがまだ空に残っている。楽しい気持ちがまた戻ってきた。
「なつみ、さあお祭り、行くよ!」
妹は顔をあげてキラキラと目を輝かせた。そしてあっという間に川から出ると家に向かって走り出した。私はあわてて妹を追いかけた。
(約1200字)