忘れがたいドイツ歌曲のレッスン③ 〜初めてレッスンで泣いた理由とは——シューマンの有節歌曲〜
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この記事は、10月4日(日)に開催いたします、「Project NAKA Auftakt Concert 櫻井愛子・伊澤悠 ジョイントリサイタル」をより楽しんでいただくために、ソプラノ歌手の櫻井愛子が、思い出深いドイツ歌曲のレッスンを振り返るコラムです。コンサートの詳細は以下のURLをご覧ください!
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初めてのリート科の門下コンサート
音楽大学では、普通の大学と異なり、学部1年生から通常一人の先生に師事します。それはゼミではなく、門下(Klass)と呼ばれます。ウィーンでもその体系は変わりません。
ウィーンの大学では、門下ごとに定期的に本格的なコンサートが開催されました。門下によるが、大体半年に一度行われます。
2ゼメスター目(留学開始から約1年後)の2018年5月、それは自分にとって初めてのリート科の門下のコンサートでした。
門下や実力に依ると思いますが、その時私は先生に曲を指定されました。
それが、ロベルト・シューマンの《若者のための歌曲集( Lieder-Album für die Jugend, Op.79)》から採られた小さな4曲の有節歌曲でした。(下のyoutubeはその4曲のうちの一曲《宵の星》)
この曲たちをコンサートでやると言われたときの衝撃たるや!
短いし、地味だし、技術的には簡単だし、何より4曲全部有節歌曲って!!最悪!!!
有節歌曲を避けてきた理由
有節歌曲というのは、同じメロディーに違う歌詞が2番、3番と付けられている曲のことを言います。例えば《翼をください》など、多くの曲が該当しますが、童謡や民謡に多く見受けられ、素朴な印象が素敵な形式になります。
が!!!私はそれまで有節歌曲をずっと避けていました。なぜならば、本当に暗譜が大変だからです!!というのは、有節歌曲はメロディーと共に歌詞を覚えられないので、相当過酷な戦いを強いられるのです。私の周りでも、例えば日本人の歌手で《浜辺の歌》の1番2番ごっちゃに歌っちゃった、など有節歌曲失敗エピソードは数多あり、母国語でも舐めてかかると手こずること間違いなしな形式、それが有節歌曲なのです。
その上母国語ではなく、ドイツ語の歌詞を覚えなければならないとなると、苦労することは火を見るよりも明らかでした。
長々と語ってしまいましたが、実のところ、周りがリヒャルト・シュトラウスなどの華やかな歌曲を歌う中、自分はマイナーすぎる、誰も知らないような小曲を割り当てられた現実こそが一番のショックでした。
「あなたみたいなベイビーには子どもの歌がお似合いね」
と言われたように感じました。
私の有節歌曲暗記法
しかしどんなに悔しがっても、自分の未熟な歌唱力やドイツ語力を呪っても仕方がないので、練習に励みました。ちなみに私の暗記法は、恥ずかしながら
・紙にひたすら書く
・登下校誰もいない道でぶつぶつしゃべる
の2パターンしかありません。曲数に依りますが、大体2週間前から紙に書き始めます(ギリギリまで動かない性格)。意外と時間がかかるので、曲数が多いと毎日1時間半くらい、ひたすら歌詞のみ書き続けることもあります。
不思議なことに、歌だけ練習するよりも、歌詞を紙に一度書いてみるだけで、詩の内容が頭に入りやすくなるような気がします。
生まれて初めてレッスンで泣く
上記の方法で、一生懸命覚えるための努力をしたのですが、なかなか覚えられず、遂にコンサート1週間前になってしまいました。意外とビビりなので、1週間前には大体暗譜は出来ていることが普通なのですが、その時は、どうしても、歌詞がこんがらがってしまって、「これできっと本番は大丈夫!!」と思えるレベルに到達できずにいました。
本番直前のコレペティのレッスンで、通して歌ってみようということになり、チャレンジをしてみました。やはり歌詞が分からなくなってしまいました。よく日本では、歌詞が飛んでしまった場合でも、「多分バレない」と高を括って(ごめんなさい)、呪文のように適当に歌詞をつないでその場をしのぐこともありました。しかしそんなことがドイツ語母国語話者の前で通用するはずがありません。
崖っぷち。
気づくと私は先生の前で泣いていました。今まで様々な先生に厳しい言葉を何度浴びせられても雀の涙ほども泣かなかった私が、特段厳しくもないレッスンの最中、気づくと涙を流していました。
いきなり「なぜか」泣き出した私を前に先生はただただ困った顔をしていました。この時、割と冷淡な私のコレペティの先生は、「なんで泣くの、泣いても仕方がないよ」みたいなことを言っていたと思います(泣いていてあまり覚えていない)。なんとかその後持ち返してレッスンを再開して、その日は終わりました。
本番で起こった奇跡
暗譜に対する恐怖を完全には拭いきることができないまま、本番の日がやってきました。本番直前のリハーサルの時、私は目そして耳を疑いました。
ドイツ人の子が有節歌曲の歌詞をすっ飛ばしてあたふたしていたのです!
その時なぜか、すっと安心した自分がいました。本番直前に、歌詞をよく覚えていないなんてことが、ドイツ語を母国語とするドイツ人でもあるんだ、有節歌曲の難しさは、母国語話者であろうと変わらないのだ、とその時初めて実感したのです。それはよく考えれば分かることであったのに、自分を追い詰めてしまったその原因の一つは、きっとどこかで、外国人であるコンプレックスを必要以上に感じていたことだと思います。
その後、ビビりながらも、本番を無事に大きなミスなく終えることができました。
↑ 門下のみんなとその本番の後に取った写真。すっきりした面持ちである。
本番から数日後のレッスンで、ドイツ歌曲の先生が、「あなたに良いニュースがあるわよ」と言って、おもむろに手元の紙を開きました。その卵色の小さな紙には黒く小さな手書きの文字が並んでいました。
「読んであげるわね。『先日の門下のコンサート、素晴らしかったです。中でも、Aikoの歌は特に良かったです』って書いてあるのよ」
その手紙は、あのコンサートにいらした100人に満たないようなお客様の中の、たった一人の方が書いてくださったものでした。しかし、日本人である自分の、あの拙い歌が、あるドイツ語話者の方に届いたのだと思うと、じーんと、心の芯からじわじわと、何かがあたたかく自分を包み込むような気がしました。そして棒のように突っ立って、その言葉に耳を傾けるしか出来ませんでした。
つづく。
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