R-8Mとその頃の自分の話
Roland R-8Mはリズム音源が生ドラムの再現を目指していた時代の結晶と言えるようなマシンだと僕は思う。パラアウトが8系統あり、バスドラだけを分けて出力したり、本物のドラムのように8つのマイクで録ったかのような処理が可能だった(4つぐらいまでしか使わなかったけど)。
ベロシティで音色を変化させるほか、その音色変化のかかり方さえも調整でき、それとは別にランダムでピッチを微妙に変化させたりできた。ちなみに、ドラムマシンであるR-8はそれに加えてリズムのクロックをシフトしたり、シャッフル度合いを変える事もできたようだ。
ハヤシ君(仮名)が25歳前後の頃、最後に真剣に売れるためのバンドをやる、と宣言して自分がボーカル/ギター担当を務めるバンドの曲作りを始め、そのメンバーとして誘われた時は意外に感じた。僕がキーボードを弾かなくなってベースを弾くようになった時反対したのも、ベースというには何か違う、という評価をしたのもハヤシ君だったからだ。
その頃の僕はEOS B500のシーケンサーでRoland R-8Mを動かし、YAMAHAの8トラックMTRに録音し、それに自分でベースを弾いて入れ、ハヤシ君にギターを弾いてもらい、ハヤシ君の妹がボーカルを入れるというデモ作りをしていた。時々、それをAKAIのミニサンプラーで録り、微妙にずらしたり、異なるBPMで鳴らしてケミカルブラザーズのような効果を狙っていたりした。シンプルに言えばブレイクビーツ的な手法です。
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