不可解(再) 再構築の観測
2019年8月に開催されたVsinger・花譜の1st ワンマンライブ「不可解」。当時は現場だけでなく、ビューイングに加えてYouTubeで全編無料配信ということもあり、Twitterトレンド世界一位になるなど、大好評を博した。そしてもちろん、大好評以上の完成度だったと言っても過言では無い。
そのレポートでも書いたけれど、花譜「不可解」ライブは間違いなく私が経験してきたライブ(Vsingerのみならず、音楽アーティスト)の中でも群を抜いた表現力と、そして花譜自身の歌唱力によって構成されたひとつの芸術作品だった。
そしてその後、10月の配信で「ヰ世界情緒」「春猿火」「理芽」らの加入が発表され、DUSTCELLはじめ多数のアーティストが参加する「神椿スタジオ(KAMITSUBAKI STUDIO)」構想が発表された。さらに来る12月には花譜&理芽で配信が行われ、神椿スタジオの様々な目標と共に、不可解の「再演」が発表されるに至った。
不可解(再)について、神椿スタジオはこう述べている。
>完全に内容を一新した花譜の2ndライブも一度検討してみたのですが、まずは8月の「不可解」でやりきれなかったことを一度形にしてみたいとも考え、1stライブの再演、再構築をすることに決めました。
(強調Aikawa)
あのライブでさえ、「やりきれなかったこと」があったという。2ndライブの実施ではなく、新しく1stライブを構築し直すという姿勢。
「きょうからあしたのせかいをかえるよ。」の言葉と共に、「不可解」は再構築された。残念ながら感染症パンデミックのため、東京ZeppDiverCityでの無観客公演となってしまったが、その迫力は画面越しでも伝わってきた。そのため、「不可解(再)」について、タグや自分のログ、記憶を以ていくらかまとめておきたいと思う。
(ちなみに、Zepp DiverCityではキズナアイやアイドル部、さらにこちらは同じく感染症パンデミックのためやむなく休演となってしまったにじさんじがライブのために使用している)
朝日新聞にAR広告を出したりもしていた。
0.前奏
17時40分ごろより、YouTubeで花譜のオリジナルソングの全曲MVがライブ配信された。その後、会場ではヰ世界情緒による案内が入った。「こんな甘いしゃべり方なんだ……」という感想が散見された。確かに「共感覚おばけ」などを聴くと感じられるちょっとたどたどしい読み上げ方が幼さを感じさせた。
1.オープニング
「不可解」では「少女降臨」のポエトリーリーディングから始まったが、(再)では「深化」で披露されたもの。「夢を一つ諦める時、過去が生まれた、音楽が生まれた、小説が生まれた……幼さに浸るのはもう終わり。もう立ち止まれない。私は信念を持って歩き出す。君はどうする?」として新衣装・青雀(あおがら)が発表されている。「不可解(再)」では通して青雀衣装でライブが進行していった。
「少女降臨」で流れていた、天体運動を連想させるような背景と、心臓の鼓動。映像も大幅に更新されていたが、印象的だったのは、赤と青の波状文様の中をらぷらすが泳いでいるところ。そのあと、実写映像が絡まって花譜が降臨した。
2.糸、忘れてしまえ、雛鳥、心臓と絡繰、エリカ、未確認少女進行形
「不可解」と同じく、「糸」~「未確認少女進行形」。すべてにライブアレンジ(エリカはGuiano、未確認少女進行形は小島英也によるremix)がかかっていた。ライブ全体に言えることだが、花譜の声が間違いなく力強くなっている、会場に響くようになっている。以前まではどちらかというと細い、ウィスパーボイスのような歌い方をしていたが、力が入っているようだった。
「糸」はバンドアレンジらしく、ギター・キーボードが大きく目立っていた。「まだ幼い痛みを績みだすの」の伸びから「溢れる意図が……」への切なげな高音から「絡まる意図が濡れて……」の盛り上がる切り替えはいつ聴いても凄い。
「忘れてしまえ」は閑かなジャズっぽいアレンジ。ベースの音が気持ち良かった記憶がある。
「雛鳥」。”深化”して雛鳥から青雀に着替えた彼女がこの曲を歌う心境は、どうなのだろう。「雛鳥」の公開は2019年3月22日、約1年前で、花譜が”休詩”から帰ってきた時の歌だ。
「心臓と絡繰」。もはや花譜の代名詞ともいえる彼女の歌。MVが流れていたため、”雛鳥”の前で”青雀”で歌うようになっていた。間奏のシンセが気持ち良かった。ラスサビの高音のビブラートがより強調されて、舞台で踊る花譜に重なった。
「エリカ」。Guiano remix。「観測γ」に収録されたremixで、アップテンポになっている。この曲での花譜の所作(体を揺らしながら両手を胸元まで挙げる)が美しかった。
「未確認少女進行形」remixの小島英也はDAOKOの「BANG!」等を作曲した方らしい。ただでさえポップでかわいい曲調がキラキラした感じになっていた。「不可解」で話題になった「ハローハローダンス」「魔法瓶ダンス」も健在だった。
こうMVを見比べてみると、青雀花譜はかなりスラッとした気がする。身長が伸びたのかもしれない。
確か「未確認少女進行形」の後のMCで水を飲んでいた(後ろに置いてあったらしい)のだが、しっかりペットボトルの音が入っていて「生ライブ」らしくて斬新だった。
3.カバーソング
①綺麗(吉澤嘉代子カバー)
吉澤嘉代子は90年生まれのシンガーソングライターで、《妄想系シンガーソングライター》と評される。世界観を伴った歌詞と、短編小説のような後味が話題とされる。おそらく「月曜日戦争」はその類いだろう。私は「残ってる」で彼女を知ったため、矢野顕子とかの系列かと思っていました。「綺麗」はなんか90年代メロドラマのOPにありそうな……
花譜が歌うと、そういった懐かしさが新鮮さに感じられる。MCで「歌詞の中の人物に感情移入する」と語っていた。
②愛の才能(川本真琴カバー)
川本真琴の1枚目のシングル。アコースティックギターと「Ah」の抜ける息が印象的。アコースティックギターの花譜と言えば「不可解」でも披露された崎山蒼志「五月雨」が思い出される。あのときも力強く歌う花譜を見ることが出来た。また、「死神」のような真っ赤な演出が強く記憶に残っている。
「さよならミッドナイト」でもそうだったが、アダルティックな歌詞でも、歌唱力が合っていると思う。
③美しい棘(GLIM SPANKY)
ハスキーなボイスでブルースとロックのハイブリッドのような曲を出すGLIM SPANKY。花譜が「ライブで泣いた」と語った。花譜のクリアなボイスでカバーされた。夕暮れイメージの背景と、信号モチーフのタイポグラフィが印象的だった。
4.祭壇、魔女
「不可解」で披露された「祭壇」と「魔女」の大沼パセリremix。
「祭壇」はまだ音源化されておらず、「不可解」でのみしか聴けない。「不可解」レポートで紹介したが、バーチャルとリアルを繋ぐ歌、サビの《此処では誰かの心が 叫びが 混ざっては溶けては 描かれ 先ゆく》《此処では 誰かの心が 魂がないから 繋がる》……バーチャルとはどういう世界なのだろう。ラスサビのがなりとも聴けるような《神様は何処にだっている 電脳の祭壇で……私たちと繋がる》という叫びと思い。ここは、「不可解」の時も彼女は全身を使って歌い上げていた。
「魔女」の大沼パセリremixはVファッションイベント"FAVRIC"でも披露されている。
そして神椿で「魔女」を投稿しているのはもうひとり、いる。
ラップverとしてパートの間にラップを挟んだ春猿火のアレンジ。この祭壇と魔女を歌っているときの花譜は、とにかく全身で感情を表現していることから、相当に力を入れているのだろう。
Aメロ後に静かに花譜の隣に現れた春猿火のラップと、それを見上げる花譜。そしてそのまま二人のデュエットで魔女が進行する。春猿火のハスキーボイスが花譜の歌声を支えているような空気だった。
サプライズだったそうです。なんか春猿火が退場するときに花譜とずっと手を振り合ってたのが可愛かったですね。
5. 夜が降り止む前に、quiz、夜行バスにて、過去を喰らう
「不可解」では「quiz」→「夜が降り止む前に」だった。
「夜が降り止む前に」はsameyuzameのremix(観測γ収録)。「不可解」では大沼パセリremixで、テンションの高いクラブ調のアレンジだったが、sameyuzame remixでは静かな、それこそ夜空のようなアレンジだった。透き通る花譜の歌声が遠くまで響いて、らぷらすが泳いでいたのを憶えている。
「quiz」は笹川真生remix。こちらも「観測γ」収録。「不可解」ではGuiano remixで、YouTubeに投稿されているのはカンザキイオリremix。こちらも静かで、寂しげなアレンジが加わっていた。
ここで水飲みMC。ペットボトルを置くときに両足を揃えていたのがかわいい。
「夜行バスにて」「過去を喰らう」。どちらもバンドアレンジ。前2曲から変わってアップテンポな曲。アンコールで披露された「命に嫌われている」でもそうだが、花譜はたまに普段伸ばしたり、多くの人が伸ばすAメロのラストの歌詞をブツっと切って次に進むことがある。
「夜行バスにて」からシームレスに「過去を喰らう」に移行する繋ぎは大好評だった。
6.Re:HEROINES
スマホアプリゲーム「47 HEROINES」の主題歌として2018年12月に発表されたのが花譜「HEROINES」。
その後、アレンジを加えられたのが「Re:HEROINES」である。(声優めっちゃ豪華だなこれ)
MVでは黒い雛鳥として「雛鳥黑」が採用されている。17秒ごろの片目を開く、格好を付けた花譜は必見。
バンドメンバー紹介の時には息切れを起こしていたが、そこから一転して疾走感のある、そして力強さと結束を感じさせる歌詞を見事に歌い上げた。
偶然かも知れないが、トリにこの曲を持ってきたのは不可解"(再)"と「"Re:"HEROINES」を掛けているんじゃないだろうか。
また、歌詞としてもラスサビの
””もしもどうしょうもなく前が霞んでしまっても
あの日の痛みは 二度とは忘れない
あの街並みを もう一度見たい
もう泣かないで 一人じゃない
(僕らがいるよ)
いつかあの日々を もう一度だけ
だから今は 前を向け””
の部分に(もちろん、本来の歌詞の意味としては仲間を励まして一緒に進むという文脈なのだが)、本公演が病気というどうしようもないもので無観客ライブとなってしまったことを乗り越えて行きたい、という意志を感じてしまう。
○アンコール○
7.御伽噺、神様
「不可解」でも話題となったポエトリーリーディング「御伽噺」。SFチックな存在の語りに、クライマックスには拒絶を示す花譜に再び心を折られた観測者は少なくなかった。「君って、語彙力全然無いんだね」は名台詞と言って良いかも知れない。
「不可解」との相違点として、「不可解」では情景が裏庭だったが、(再)では学校の玄関→階段→屋上→教室と移動していた。
そして「神様」。
8.命に嫌われている
MCでカンザキイオリ氏との思い出が語られた。曰く、「間違ってても大丈夫だよって言ってくれる」「めっちゃ褒めてくれる」「ドアを開けてくれる」「優しさで出来ている(コメントではバファリンと呼ばれていた)」など。
花譜は辛いときに「元気出そうぜ!」みたいな曲を聴いても「うるせー!」と思うらしいが、そういうときにカンザキイオリ氏の曲を聴くと気持ちが晴れるらしい。
feat. sameyuzame。sameyuzame氏のキーボード(ピアノ)アレンジで歌われる、寂しげな、ビブラートとはまた違った震えた歌声。サビでの消え入りそうな高音が響いていた。歌と言うよりも、語っているような空気さえあった。そして全力で言い切る「生きろ」。
9.不可解、そして花になる
星鴉への変身。ライブ用の衣装として、「不可解」でお披露目されたもの。
「不可解」「花譜」を意味する歌。改めて聴くと、「不可解」のポエトリーリーディング部分の発音がはっきり強調されている感じがした。
「この先、2、3年後どうなるかわからない」「これからも、いろんなことに挑戦したい」と少女が語った約半年後、仲間は増えて、そしてVsingerが注目されることは多くなってきた。メジャーデビューするVsingerが現れ、Vtuberがタレントとなったり、著書を出版したり、クリエイターになったり……元々様々に活動していたVたちが萌芽し、それが結実してきていると言って良い。そのみんなが「好きなこと」をしたがっている。
なにも怖がることはない。
10.宣戦
終わりかと思いきや、ゲストで登場した理芽(制服)。12月に配信された番組の時もそうだったが、このふたりの会話はどこか探り探りな感じがある。
なるほど、という感じである。
そこから入る2人の新曲、「宣戦」。「魔女」の系譜の曲。
背景は「魔女」「祭壇」のオクソラケイタ氏。
仮面を被った花譜、ペストマスク?を着けた理芽、そしてらぷらすが見える。
《人生全部フィクション》《何もかも全部フィクション》《この感情だけは不確かでぼやけてる》《そのすべてに飲まれる運命》《言葉は願いは確かに此処にあるんだ》《今己を証明する言葉を 私たちは魔女だ! これは魔法だ!》
【不確かな存在】という部分は「Re:HEROINES」の中に《もう全部消え去ってしまって 残ったのは不確かな自分たち》という歌詞が、また、「祭壇」の中でも《此処では誰かの心が 叫びが》のように【誰かの】というワードが多用される。
【今己を証明する言葉】についてはそのまま「魔女」に《今己を証明する言葉に魂はあるか?》《この世界は私たちの証明を探している》という部分がある。さらに、【魂】についても「祭壇」内で《此処では誰かの心が魂がないから繋がる》という部分がある。これに対して「宣戦」で《私たちは魔女だ!これは魔法だ!》とアンサーを出している。
ひとつぼんやりと思うことは、「祭壇」では不確かな・概念然とした、あるいは渾然一体となったような、また、《この景色が新時代の幕開け》と言うような、集合体的・神話的な要素が多い。曲調もシンセを多用した荘厳でな空気がある。
次に、「魔女」は激しく感情的な曲調で、《教えて》や《この世界は私のモノだ》《これが現実だ 楽園を目指した電子の奇跡だ》といった自己主張や自己規定や問い直し・世界とのやりとりが目立つ。
最後に「宣戦」では《私たちは魔女だ!これは魔法だ!》と宣言している。ひっくり返って、「魔女」の冒頭で《これは魔法だ 生きた日々を忘れた私の奇跡だ》とも宣言されている。【魂】についても、魂がないから繋がる→証明する言葉の魂→証明する言葉:魔女・魔法、と流れている。
また、「祭壇」は神話的、「魔女」は中世的(非科学的)、「宣戦」は近代的(と言って良いかは不明。制度としての宣戦布告は20世紀に制定されたけど……)のイメージがある。
ここら辺は考察班にお任せするとしよう。
花譜と理芽のデュエットとしては理芽がやや低めで丸みのある声で、花譜はいつも通りの幼げな高音が重なり、まるで「姉妹の合唱」を聴いている気分になった。
この息の合い具合は、たまごまご氏の言葉を借りれば「歌で会話する人種」というのがしっくりくるだろう。
ラストMCでのふたりで立ちたいと言ったときの花譜の「きゃあ!」が印象深い。
11.エンディング
電話をするよ/UA、宙ぶらりん/MONSTER GIRLFRIEND、ふめつのこころ/tofubeats
「不可解」では「ハミングが聞こえる」「フロントメモリー」「ダンスが僕の恋人」とどちらかというとアップテンポな曲で、幕を降ろす余韻をすっきりさせる選曲だった。
今回はマイナーテンポというか、落ち着いた曲調のエンドロールだった。なんというか、”軽い”感じの終わり方だったと思う。
また、エンドロールに”共犯者”名簿が流れたのも、またこのライブが不可解である所以だろう。
その後、「困った顔をするよね わけわからないよ そんなんじゃやっぱ嫌いになれないじゃん ……まあ、いっか」と、「御伽噺」をひっくり返す言葉。
そして発表される新曲・新衣装”歌唱形態・隼”
最後に
間違いなく、花譜はこの約半年で確実に力を伸ばし、そして歌唱力については誰が聴いてもパワーアップしているといって過言ではなかった。
不可解(再)で「不可解」と大きく変わったのは、多くの曲がアレンジ・remixとなったこと、そしてヰ世界情緒・春猿火・理芽という神椿組の参加だろう。
外面的に見た時、半年前に「やりきれなかったこと」はこういった神椿スタジオ全体を露出させるライブだったとも思える。もちろん、タイミング的なものがあったとも考えられるが。
残念ながら、今回は無観客ライブとなってしまった。もちろん、花譜のライブは「不可解」の経験ながら、観客が居なくても成立する、ある種ライブ的でないライブだと私は思っている。それは、「不可解」あるいは「花譜」が、演出から音楽から何をとっても「花譜」というひとつの作品だと思えるからだ。不可解2でどのように深化していくのか、楽しみである。
ウ、ウワー!!!!