花譜「不可解」 ライブの話
2019年8月1日に行われたVsinger「花譜」によるライブ「不可解」について、振り返りたいと思う。
まず先に記憶にある限りと、下書きメモ、そしてツイッターのハッシュタグを遡ってライブの思い出し書き、後に「不可解」とはなんだったのかについて、Vtuberの文脈から私なりになぞっていきたいと思う。
最初に書いた花譜の記事はこちら。
とにかく、あの独特の、厭世的というか一歩向こう側のような不思議な立ち位置にいる、そして圧倒的な表現力を持つ「花譜」という存在がワンマンライブをするということについて、大きな期待があったことは言うまでもない。
これまでにcout0やニコニコ超会議Vtuber Fesで多くの聴衆を圧倒し、特にニコ超では会場を圧倒せしめたその表現力が話題を呼んだ。そしてその15歳の彼女のワンマンライブ、運営の思いを巡って、どのようなライブになるのか、待望の瞬間であった。明日を変わらせてくるとは、どういうことか。
まず、前半としてライブの話でまとめていく。
ライブ全体の特徴というか、多くの聴衆が思っていたであろうライブとは大きく違い、背面に背景、真ん中に花譜を含めたバンド体勢、そしてステージ前面にはモーションタイポグラフィのための透過スクリーンという構造。
つまり、背景と花譜、そして歌詞のモーションが一斉に動くことになる。これまでの多くのVtuberライブとは大きく異なり、歌のみならず、背景から歌詞演出まですべてを含めた「花譜」が表現されたと言える(もちろん、他のVのライブに於いて、そういった演出がなかったというわけではない。後述)。
つまり、花譜が作品「花譜」の中心であり、一部であった。
○YouTuberLiveと現場で流れていたVtuberメッセージが違うらしい。
現地で流れていた曲:Just in my heart(まりなす)、ヒメヒナ(ヒトガタ)、Moon!!(月ノ美兎)、絶望レストラン(にじさんじ)Virtual to Real (KMNZ)、フーアーユーなんて言わないで(天神子兎音様)Don't say lazy (AZKi&おさナズ)、ミライトミライ(ミライアカリ)、ネコミミモード(月ノ美兎)、笹木は嫌われている(笹木咲)、dance with Cinderella(輝夜月)、AIAIAI(キズナアイ)、アイがたりない(バーチャルリアル)
映像:まりなす、MZM、KMNZ、東雲めぐ、名取さな、樋口楓、笹木咲、PPH、YuNi、AZKi、猫宮ひなた、ミライアカリ
①朗読「少女降臨」
星雲を背景に、太陽系の公転を思わせる円の回転と、静かで荘厳な音楽から始まる。「らぷらす」に特徴的な標的模様の赤い円も混ざり、タイムリープのように目まぐるしく画面が流れて、スクリーンいっぱいに花譜の「少女降臨」の朗読が流れる。私には、マクロスゼロのシャロン・アップルが想起された。
「少女降臨」の内容は公式パンフレットを参考にされたい。
「うみ、そら、かぜ、よる、あめ、おんがく、いのち、………、アイスクリーム、ねこ、かみさま」
「わたしはきょう、ふかかいなはなになる きょうからあしたのせかいをかえるよ」
「すべてをうたにかえてうたう、バーチャルとリアルのつなぎ目から いまここにいるよ」
清冽な花譜の声で告げられる詩。たった一息で「不可解」のワールドを作り上げたといって過言では無かった。
②「糸」
言わずと知れた花譜の最初のオリジナルソング。
ここでモーションタイポグラフィが始まり、「これがバーチャルのライブ……!」と鳥肌が立ったのを憶えている。サビの「絡まる糸が~」の歌詞が疾走していたのを憶えている。
MVでも特徴的な幾何学模様も走り回り、馴染みつつも新しい「糸」を体験出来た。
さらに「糸」の歌詞をあしらったTシャツが販売されており、そのデザインも絡まった糸をモチーフとしており、「糸」ファン必須アイテムでもある。
②「忘れてしまえ」
休詩直前に投稿された曲。「notice notice」「forget forget」の演出が印象的だった。緩やかに流れていく歌詞に、静かに歌い上げられる歌。確か間奏部分がキーボード中心とギターで盛り上がるアレンジが加わっていた記憶がある。
③「雛鳥」
最初にして復帰の曲。「忘れてしまえ」の次に歌われるのは本当に心にぐっときてしまった。
背景はこちら。
歩道橋と、夕暮れ、うろこ雲。後ろの建物がMVで花譜が経っていた屋上のある場所だろうか。
ニコニコ超会議の時と同じで、観客が静まっていた。
④「心臓と絡繰」
確か、天球図を思わせるモーショングラフィックが印象的だった。「少女降臨」から続いているような、天体の動きを模した演出。
サビで全身を振り下げて歌う花譜に、心を打たれた。細い歌声ながら、力強い姿だった。
⑤「エリカ」
新曲。
エリカはおそらく花の「エリカ」。普段よりも弱々しく、か細い歌声で歌われた。
エリカは小さな、密生した花をつけるツツジ科の植物。一説によれば花言葉は「孤独/寂しさ」らしい。英和辞典によれば「英国の荒れ地に多く咲く花、転じて荒れ地」だそうである。
⑥「未確認少女進行形」
「エリカ」からうって変わってポップな曲調。ネオンライトを連想させるような、ややバブリーな雰囲気を感じさせる演出。ビームが観客席にも降り注いだ。
サビの「ハロー ハロー」が印象的で、この時の花譜のダンスがめちゃくちゃ可愛かった。なんかかわいいステップを踏んでいた……気がする。あと宇宙人みたいなかっこで回ってた。
途中で初音ミクのような声が入っていたと思う。
⑦「うつくしいひと」(リーガルリリー)
カバーについて、花譜は「私の好きな曲」と表現する。
「うつくしいひと」は『惡の華』主題歌をつとめたリーガルリリーの曲。元のMVからも分かるように、ダウナーで内向的な曲。ボーカルの声に惚れたといのこと。そして「うつくしいひと」でリーガルリリーの沼にハマったとの話(かわいい)。
花譜のビブラートが掛かる、ウィスパーのような歌い方。歌詞には無いのでそう言っているかは分からないが、間に差し挟まれる「かふかふかふかふ」「tap tap tap tap」に合わせて花譜が手を上下させていたのがかわいかった。
⑧「五月雨」(崎山蒼志)
崎山蒼志の曲。花譜と同年代(15歳)の、高校生シンガー。
MCで花譜が「崎山さんが『五月雨』を作ったのが13歳の時で……人生何週目なんだろうってくらい……すごい」と紹介していた。
雪の舞うような背景の中で、ギターソロでこの曲を歌い上げた花譜も充分輝いていた。
⑨「死神」(大森靖子)
大森靖子といったら個人的にはだいぶサブカル寄りの印象を受ける。戸川純みたいな……違うかな……もっとkawaii寄りかもしれないけど。昔「ミッドナイト純粋異性異性交遊」とか神聖かまってちゃんとfeat.してた記憶があるからかもしれない。
花譜は曲の作りが衝撃的で、眠れなくなってしまったらしい。
前半は朗読風の読みあげで、自嘲で笑っているような、震えるような語り口。こういうときの花譜はかなり全身を使って表現する。
サビからのグラフィーがかなり激しく、真っ赤な光源の元に死神の歌詞が出ては消えていく様がこの曲の激しさを象徴していた。
⑩⑪「祭壇」「魔女」
背景に使われたのはまるで宗教画のような、ふたりの対になる存在。マスクがらぷらす柄なのがオクソラケイタさんの解釈なのかもしれない。
「祭壇」「魔女」は対になるような、ひとつづきの音楽らしい。
ここのMCで語られ、そして以前花譜運営からも語られたように、Vtuberという文化があったからこそ花譜という存在があるのだという話。そしてそのVtuberたちに向けて作られたというのが「祭壇」らしい。
「祭壇」で《画面の裏で私たちはつながっている》《誰かの笑顔が 誰かの涙が 混ざっては溶けていく》《誰かの心が 叫びが混ざっては》みたいな歌詞と、《電脳の祭壇》《私たちと繋がる》のようなキーワードがちりばめられていた。
そして「祭壇」からシームレスに繋がる「魔女」。
上記の背景に加えて、このMVが目まぐるしく入り込んで始まった「魔女」。静かに強いメッセージを込めた「祭壇」に続いて激しく歌う上げる「魔女」。
「魔女」では
《生きて来た意味と あがいて来た過去が 仮想世界で舞っている 証明を待ってる》
《諦めるな今は 目指した己の価値に 存在に確信はあるか?》
《歌って 喚いて 手に入れた世界に 連なる産声が 文字列に成り舞っている》
《この世界は私のものだ 音が鳴り響くまで》
と、まるで誰かがこのバーチャルという空間で苦しみもがいて、夢を探して彷徨ってもがいているような情景が歌われている。
《電子の海を舞い踊って この世界は私たちの 証明を探している》が示すように、バーチャルの存在がここまで大きくなるのには大きな紆余曲折があり、そして未だに誰もが(Vも、運営も、ファンも、誰もが)どこに向かっているのか分からない。それでも私たちは一緒にいるし、お互い「ここにいる」のだろう。
⑫「quiz」(Guiano remix)
Youtubeにアップロードされているのはカンザキイオリ本人によるremix。背景に流れていたのはMV。
「bin」で見られた、ラップ調の曲でも感情を乗せて披露出来る。
⑬「夜が降り止む前に」(大沼パセリremix)
クラブ調アレンジが加えられた「夜が降り止む前に」。間奏で花譜がノリノリになっていたのが可愛かった。アレンジに乗って多重に重なる歌詞の演出も目まぐるしかった。
カルロ・ピノの芋ダンスって言ったら通じるだろうか。
体を左右に振ってアレンジに乗っている花譜がとにかくかわいかった……
⑭「夜行バスにて」
新曲。MCで「ロックで盛り上がる曲」の前フリ。しんみりとした入りからロックに入りこむ。そして花譜ダンス(左右ステップ)。
背景は電車の車窓から眺めるような景色と、ガロにありそうなコミック調の花譜が街中を歩く情景(wabokuさんらしいが……?)。
光源は真っ赤で、歌詞は稲妻を思わせる激しいフォント。
そして終わった後にバンドメンバー紹介。
⑮「過去を喰らう」
バンドメンバー紹介から入る花譜オリジナルソングでももっともテンションの高い曲。花譜の映像+タイポグラフィの集合体はこのMVが秀作じゃないかと思う。
透過スクリーンを泳ぐらぷらすが印象的。
○アンコール○
⑯御伽噺
アンコールすぐに姿を現す制服姿の花譜。アンコール前までの幼げな雰囲気とは違う、どこか重々しげな雰囲気。後ろに流れるのはドヴォルジャーク「新世界より」第二楽章の「家路(Largo)」。日本語だと「遠き山に日は落ちて」の旋律。
内容としては並行世界の、戦争が絶え間なく続く世界の終末戦争から逃れようとして生まれた雛鳥。そして
「頭のおかしい子だと思った? 全部うそ。ただの御伽噺。」
「私のこと信じられる?」「私はこの平和なディストピアを許さないし、神様も信じない。この世はずっと地獄」
「未来は私を待ってない。私は雛鳥じゃなかったから」
ノイズ。
「私たち、昔いちどあったことあるんだよ」
「私のこと、10年後も100年後も忘れないで居てくれる?」
「君って語彙力全然無いんだね」
「君なんて大っ嫌いだ」
観測者、共犯者たちを突き放す朗読。全文はパンフレットを参照されたい。
そして……
⑯「神様」(東京ゲゲゲイ)
花譜の歌声をすべて殺したような、とことん加工された、抑揚のない機械音声(原作より強い加工かもしれない)。ここに花譜は居ない。しかし悲しげな旋律。
終わったあと、誰も声を出せず拍手しかできなかったほどの圧倒。
⑰「命に嫌われている」
言わずと知れたカンザキイオリの代表曲。この時のMCでカンザキイオリが花譜と会うたびに面白いことを話していることが明らかになった。
「命に嫌われている」と言えばオープニング前アクトでも挨拶・曲が流れたにじさんじ・笹木咲が替え歌「笹木は嫌われている」を投稿しており、200万再生を超えている。おそらくカンザキイオリも認知しているんじゃないだろうか。
この時のMCで、花譜がカンザキイオリ始めモーションなどの川サキさん、デザインのPALOW.さんほか運営スタッフ、クリエイターがとにかく前向きな人ばかりだということ。「だから安心して悲しい歌でも歌える」とのこと。
明るいアレンジになっていて、雰囲気が原曲の悲壮感は少なく感じられた。途中、ブラスバンドチックになっていたと思う。それでも花譜の強く響く、そして消え入りそうなサビの鮮烈さは失われていなかった。
邪推。この曲が明るくなった背景には先日の京都アニメーション爆破テロがあったんじゃないか、と思ってしまう。数十名の命を奪ったあの事件について、花譜も大きなショックを受けたひとりである。そんな中、人の死を主題とし、そして「そんな中でも生きろ」とメッセージを持つこの歌を歌うことは躊躇われたんじゃないか……と考えてしまう。だからこそ、そんな悲哀に溢れた歌を、ポジティブな大人達に支えられて、それでも歌ったんじゃないだろうか……あくまでこれは邪推に過ぎない。
○新衣装公開○
「みなさんと約束したこと、憶えていますか?」のちょっとテンションが上がった問いかけ。らぷらすに飲み込まれた花譜に躍り出る「第一形態 雛鳥」の文字。全身が大写しになって現れる「特殊歌唱用形態 星鴉」。
いや演出がもう男の子かよ!ってテンション。スキニーになって、そして星空をイメージしつつも雛鳥からの意匠を受け継いでいる。カッコイイ。ちょっと恥ずかしがってる花譜もかわいかった。
⑱「不可解」
このライブをイメージして作られた曲。《お金とか、ビジネスとか、……そういうのを考えなくちゃいけない》《「あるべき人間の姿へ……」そう考えると人間が汚く思えてきた》《仮想世界とか妄想とか、そういうものとかが美しく見えてくる この感情は人間らしくない》《不可解な未観測の……》Bメロの一息にずーっっと流れていく歌詞。歌詞で形作られる「?」マーク。《信じるモノを信じたい》。
花譜ならではの、静かに聞こえながらも激しい曲調。詰まりに詰まった歌詞。
計り知れない、何か。このライブから受け取ったものとは……
⑲「そして花になる」
花譜をイメージした曲。
花譜として、好きな音楽を歌う、そして歌うことが好きな少女。このライブ。「この先、2、3年後どうなるかわからない」「これからも、いろんなことに挑戦したい」。
あまりにもストレートな曲に、彼女の、そして「花譜」があまりにも真っ直ぐ歌に乗せてくる。《好きなものを 好きなことを 好きでいることに理由はいらない》。
シークレットだったTシャツのデザインはこの曲だった。
最後まで手を振っていた彼女を忘れない。
⑳エンディングロール「ハミングがきこえる」「フロントメモリー」「ダンスが僕の恋人(東京ゲゲゲイ)」
スタッフロールが流れた瞬間、私はこのライブが、今まで私が体験してきたライブではなく、ひとつの流れのある「作品」だと思い知った。なぜなら、ライブにエンディングスタッフロールは流れないからだ。
そして何より、「ハミングがきこえる」の爽やかさ。もともとはオープニング曲であるこの曲が、エンディングとして映えるのは何よりも「終わった余韻」をすべて引きずり込むパワーだろう。コレについては後半で話したいと思う。
そして"The end of prologue"。
ひとつ、間違いなく言えるのはライブを見てよかった、ということだ。
後半。