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上村裕香『ほくほくおいも党』 雑感その6

『ほくほくおいも党』には「卒業制作版」と「小学館STORY BOX版」があり、内容に若干違いがあります。
この「雑感」は「卒業制作版」をもとにしています。


◆活動家二世・エントリーメドッド(3)

前回に続いて、活動家二世の入党過程をパターンごとに見ていく。
今回は『ほくほくおいも党』の主人公・千秋が経験した「外部注入・直系尊属型」メソッド

<活動家二世/外部注入・直系尊属型>

前々回も引用したけど『ほくいも』で千秋が入党を勧誘されるシーンを再掲する。

「党の県委員会が借りている事務所で、外壁がひび割れた要塞みたいな三階建ての建物だった」(『ほくほくおいも党』)。写真は『ほくいも』とは関係ありません。

 十八歳の誕生日は模試の日だった。
……父が書類の空欄を指した。
「はよ書き。今日、晩飯ハンバーグ買っといたし」
「……書かないとだめ?」
「ココ。とーよーだ、ちーあーき、って書けばオワリ、な」
「なんでお父さんはわたしを党に入れたいの?」
「とーよーだ、ちーあーき。はよ書き」

十八歳。兄がひきこもったのは十六歳だ。数年前、よく党の人が家に出入りしていたのを思い出した。不登校になった兄を連れ出そうとする高校の担任よりも、スクールカウンセラーよりも、熱心に執拗に毎日家に来ていた。

結局、千秋は諦めて入党申込書にサインする。

あの(引きこもりになるまでは社交的で、でも頑ななところがあった、あの)兄でも入党させられたのなら、わたしが反抗しても、突っぱねられる気がしなかった。

こういう入党勧誘をする親はさすがにめったにいないと思うがどうなんだろう。
そこを考えてみたい。

なお、千秋は民青に高校1年の時に加盟しすでに2年以上在籍しているので、そこで日本共産党のことや科学的社会主義は一定学習してきており、何も知らないわけでは決してない。

党員ではない一般人が読むと、何も知らない娘に共産党はこんな勧誘をするのか、と誤解を生むような記述となっている。小説の他のところでそれをフォローする記述はあるのだが、小説を読み込む人でないとそこに気づく読者は少ないだろう。

まあ、とにかく、千秋は、理屈としては党や社会主義の正しさや正当性を知っている。たとえそれが学校で歴史科目を暗記したのと同じく単に知識として知ってるだけのものであったとしても、だ。
それを前提にこのシーンを考えよう。


このシーンが妙にリアリティを感じさせるのは、父・豊田氏が娘・千秋にたいし入党して欲しい理由を、自分の言葉で、ちゃんと、真剣に、説明しないところにあろ。

共産党員としてではなく、ひとりの父親としての豊田氏がこういうぞんざいな態度を取らせたのかもしれない。
母親ならば、自分の心の内を、あっさりと臆面もなく娘に喋れるであろうことを、父親はえてして自分の口から発することを潔しとしない(恥ずかしがる)ことが多い。

しかも、自分か勤める党事務所というオフィシャルな空間のなかで、自分の個人的な、そして私的な感情を混じえた発言は、控えるべきだとの思いがあるかもしれない。

地方都市の共産党地区委員会事務所。土地代が安いため平屋にプレハブ増築。よくある様式。玄関に赤旗やビラのポストが見える。その奥に事務室、そのまた奥に会議室。会議室は和式なのであぐら座り又は正座。会議中は入口に大量のクツが並ぶ。写真は『ほくいも』とは関係ありません。

さらに、民青で2年間学習して共産党のことを知っている千秋に対し、いまさら、綱領の説明や「入党のよびかけ」を縷々説明するのも、あまりに公式主義的・儀式主義的だとも感じてもいるのであろうか。

しかし、入党を勧めるにあたって、そういう態度がよくないことくらい、長年共産党員である豊田氏が経験上も知識上も知らないはずがない。
よくないことだと理解していても娘を前にするとこういう口調・態度になってしまったのか。

◆おしつけは正しくない

共産党中央委員会幹部会副委員長(県委員会副委員長じゃないよ)の上田耕一郎もこんなことを言っている。

…まず党員、読者、活動家の子女の高校班加盟を促進することについてです。多かれ少なかれ、進歩的な家庭環境でそだったこの高校生たちが、民青同盟加盟の有力な対象となることは、いうまでもありません。しかし、そのさいの親の態度にかかわる問題として、たとえば党員の子女だからといって、おしつけることは正しくなく、子女の自主性はきびしく尊重されなければなりません。同時に、親の側にも、あるいは同盟の活動にたいする理解の不足から、あるいは進学や就職にたいする不安から、自分の子女の同盟加盟をよろこばない傾向もなきにしもあらずです。この問題は、党の側と、民青同盟の側と、双方からの新たな探求と努力が必要となってきます。…

1988.11日本共産党全国青年学生対策委員会責任者会議・上田耕一郎副委員長あいさつ/
『前衛』1989.1月号
(どうでもいい話だけど現在共産党中央委員会議長の志位和夫は当時、党中央委員会青年学生対策委員会責任者でした)

党の会議で取り上げられるくらいだから、すくなからず「おしつける」実例があったんだろう。親はおしつけているつもりは一切ないのに、子はおしつけと感じてしまうこともおおいにありそうでもある。

上田耕一郎・参議院選挙ポスター(映画「バージンブルース」より)
(『ほくいも』とは関係ありません)

一般党員ならまあいろんな人がいるので、ありえるかも、であるが、県委員会副委員長でもある豊田氏がそこまで自己分析・自己統制のできない人間であるとはなかなか思えない。
じゃあ、その日が、党員拡大月間の最終日でどうしてもあと一人党員を増やさないといけないギリギリの日だったのかとも推定できるけど、それならもっと丁寧に千秋に勧誘したはずである。

と、リアリティがあるようでいて、やはりリアリティがないという奇妙な状況にツッコミを入れてしまったけど、この小説に登場する政党や団体は現実のものとは関係ありませんと作者も断っていることだし、とりあえず、いったん保留にしておこう。

千秋や兄は「きびしく尊重されなければな」らない「自主性」を尊重されずに入党を「おしつけ」られたことになる。
この「おしつけ」のために、千秋は、活動家二世に共通する悩み(これについては後述)に加え、特別の悩みを抱えることになる。

「外部注入・直系尊属型」メソッドの難しさはまさにこの点にあって、親と子の関係がよくないと、どうしても「おしつけ式直系尊属型」となり、千秋のように問題が複雑化してしまう。


以上、入党段階の各種メソッドを書き連ねてきたが、当然、個々人がぴったりとどこかの型に当てはまることはなくて、いろいろな型の要素を併せ持っていることだろう。
千秋も最初は「外部注入・地域型」、次に「外部注入・直系尊属型」の二段階連続方式だった。
また、千秋が、資本論のある一語に気づき、その言葉を父を結びつけたときの、あの感覚は、自然成長型の人なら共感できるはずのものであろう。その一語を発見したことによって、千秋は、父と共産党との、共産党と社会とのつながりを認識することが可能になったのだ。

地方農村都市の共産党地区委員会事務所。乗合タクシーの停留所名が「日本共産党事務所前」。
逆光で分かりづらいけど新築できれい。いなかは駐車場が広くてうらやましい。

傍系血族型は、直系とは違っていて、ほぼ、地域型に含めてよいだろう…というか、よく分からないのです。わたしの力不足です。

若干、共産趣味的な趣向が出てしまったけど、以上で入党の類型のお話は切り上げにしよう。

つづく
つづきは、「共産党員二世に共通する悩み」とか、「『党の子』『アカの子』の人生中間レポート」とか


単行本『ほくほくおいも党』(卒業制作版)は、オンラインで発売してましたが完売していて再版の予定はないようです。
しかし、小学館STORY BOXで連載中(無料)で、毎月10日ころ更新みたいです。



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