「階級闘争の弁証法」か「政治対決の弁証法」か
『百年』の第3章に「階級闘争の弁証法」が出てくる。一方、第5章には「政治対決の弁証法」が用いられている。
最近は「政治対決の弁証法」が多用されている。8中総幹部会報告でも3回使われている。
「階級闘争の弁証法」も「政治対決の弁証法」も、同じマルクスの言葉を引用しているが、その意味に微妙な違いあるのだろうか。
「階級闘争の弁証法」は、レーニンも使っており、戦前から日本のマルクス主義者の常用句であることが分かる。
「政治対決の弁証法」は最近の造語のようで、グーグルの期間指定検索で絞り込んでいくと、「2012年党旗びらき 志位委員長のあいさつ『党創立90周年―歴史に学び、新しい歴史をつくろう』」が一番古そうだ。それを読むと、同年の赤旗新春インタビューで用いたらしい。
しかし、志位インタビューの5年前に、不破哲三常任幹部会委員が「政治対決の弁証法」という用語を用いた『日本共産党の歴史を語る 上・下』(2007.2)を出していた。中央委員会勤務員向けの講義を本にしたようだ。以下、関連箇所の抜粋。
結論。とくに区別して使われていない、だと思う。「政治闘争の弁証法」とも言っているくらいだ。
まあそうはいっても、同一文書中では統一したほうがいいだろう。
75年12月はじめに出た立花論文
『百年』では立花隆の名が復活している。『八十年』では「75年12月はじめに出た雑誌論文」と名指しではなかった。『七十年』は当然名指ししてる。
こういうのは名指しでいいのだ。党のwebサイトに立花批判論文をタダで読めるように全部アップしとけばいいのだ。いまだに立花本をありがたがる人がいるからなのだ。
自公政権下での多発する公文書改ざんを知っているのなら、戦前の絶対主義的天皇制下の官僚機構の文書が正しいことを前提として、その最大の敵であった日本共産党の歴史を記述したらどんなものが出来上がるか、想像できるのだ。
田口・不破論争ほか
70年代後半の民主集中制論争に係る記述が復活した。ただし名指しはなし。『八十年』は記述なし。『七十年』は記述あり、「田口理論」と名指し。
なお、1979年に、田口富久治教授を批判する不破書記局長の論理と、2023年に、松竹伸幸『シン・日本共産党宣言』を批判する土井書記局次長の論理に、異なるところがあった。
つづく
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