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行動変容デザインは人を死に至らしめるのか

こんにちは。『行動を変えるデザイン』翻訳チームの相島です。

訳書『行動を変えるデザイン』について、HCD-Netでお話する機会をいただきました。今回は、その機会に話そうと思っていることを整理がてらnoteに書いておこうと思います。

行動変容デザインは非常に強力な技法です。その力が行き過ぎた結果、「行動変容デザインが人を死に至らしめている」かもしれません。6/20に起きたある事件から、デザインの難題について考えてみたいと思います。

もしご興味ある方は、当日(2020年7月10日(金) 18:30~20:30)ご参加ください。オンライン(zoom)イベントとなります。

「アプリがもたらした死」という報道 

2020/6/20、アメリカのある20歳の遺書を、両親がみつけました。彼はRobinhood という投資アプリを利用し、アプリに表示されたマイナス730,000ドル(約7,770万円)という金額を見て、自殺した、とのことです。ロックダウンが続く中、投資という行動に挑戦した人は少なくないでしょう。彼もそのうちの一人でした。

遺書にはRobinhoodへの怒りとともに、自分がしていることに対する

手触り感がなかった(no clue)

と綴られていた、といいます。上記記事の中で、

これはインターフェースの問題だ。
花吹雪を舞い散らせ、
彼ら(Robinhood)は投資をゲームにしてしまった

という指摘がなされています。

急成長するフィンテック企業 Robinhood

Robinhoodとはどのようなサービス、アプリなのでしょうか。

彼らは、証券取引手数料(Commission Fees)無料を武器に、投資の民主化をビジョンとして掲げています。ミレニアル世代を顧客ターゲットとして、ユーザー数、取引数を右肩上がりで伸ばしており、IPOも取り沙汰される有望フィンテック企業です。

とても「デザインが優れた」Robinhoodのアプリ

投資行動は、一般的にハードルの高い行動です。たくさんの情報、未経験の行動、不明確なリスク。これらの要素は、多くの場合、行動を思いとどまらせます。それゆえ、投資行動をしたい、というユーザーの思いを叶えるには、そこまで考えなくてもよい「優れたデザイン」が求められます。

実際Robinhoodは、優れたインターフェースデザインで受賞しています。

そのユーザー体験についても、

シンプルな情報量(「1ページで表示される数字は3つ」)
習慣化をさそうフィードバック(「時刻で変わるベースカラー」)

といった工夫がされているようです。

deeee.co  「海外app調査 – ミレニアル世代をねらった投資アプリRobinhoodのデザインを見てみる話」より引用させていただきました)

行動変容デザインの観点からも、行動の障壁を下げ、習慣化を促すことは非常に強力な戦略といえます。「よくよく」考えた行動よりも、「ついつい」してしまう行動のほうがやりやすいのです。

いきすぎた「ついつい」の行動

しかし、本来、投資行動とはリスクが伴うものであり、ある程度「よくよく」考えて行動することはリスクを避けるためには必要なはずです。悲劇は行動変容デザインが望むことではありません。

実際、上述の記事では、マイナス730,000ドルは一時的な表示に過ぎなかった可能性が指摘されています。

デザインには、このような悲劇を回避する力もあるはずです。

「よくよく」を促す

衝動的な行動を防ぐ、工夫の余地があります。

たとえば、noteのこの機能。本当にその行動は自分が望んでいることなのか、考えるきっかけを「ついつい」つくることを実現しています。

適応的な「よくよく」思考

しかし、ひと呼吸ついても、破滅的な連想を押し止めるのはなかなか難しいものです。思ったとおりにならないとすべてが失敗に見え、失敗したときにどう振る舞っていいかわからない。こんな感情は、誰しもが経験があることではないでしょうか(All-or-Nothing思考と呼ばれることもあります)。あたまのなかで棒グラフを思い浮かべてみると、全部の要素が成功していなくても、いくつかの観点で成功とみなせることもあるでしょう。

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『人間臨終図巻』を手にとって見ると、いろいろな生き様があるなあ、めちゃめちゃな人もいるし、まだまだやることあるなあ、という気持ちにもなります。

「ついつい」の行動だけでなく「ついつい」の思考もあり、いちど、それを思いとどまって柔軟に考えてみる、そんな考え方を教えてくれるもの、それはわたしにとっては本でした。このように、考え方を教えてくれる、本のようなデジタルプロダクトはあるのでしょうか。

CureAppが開発する治療用アプリ(医師が処方するアプリ)は、「考え方」(認知)に介入する、認知行動療法(CBT)方法論が取り入れられています。喫煙習慣や生活習慣病にかかりやすい行動をとりづらい考え方を身につけられる手助けをしているのです。治療用アプリを利用するリスクについても、臨床試験というプロセスを経て、確認がなされています。

すべてのアプリに倫理的な試験が必要、という主張をしたいわけではないですが、企業の努力、デザイナーの知見共有など、犠牲者なく学びが活かされる方法を模索したいものです。


「プロダクト」の意味

わたしの大切な本のひとつに『モノの意味』があります。

フローの概念で有名なチクセントミハイが著者のひとりである本です。人にとって大切なモノとの関係を調査し、人とモノとの関わりが心の涵養(cultivationになっている可能性を指摘しています。簡単に言うと、涵養とは、成長を助ける働き、と解釈できます。

愛用するバイオリン、家族との写真、そして本。そういったものたちは、人と人との関係の記憶を保存し、自分の基本を思い出させてくれ、大切なことを教えてくれるでしょう。

わたしたちが普段触れている、テクノロジーを活かした「プロダクト」は、わたしたちの心が成長することを助けてくれているでしょうか。

投資をしたい。その行動を後押しすること自体は、ユーザーがしたい行動を後押しするという意味で優れたデザインです。しかし、ユーザーがしたいと思っていることがずれている(適応的でない)場合、思わぬ結末を導きかねません。

その「ずれ」をアプリが手助け(助長して)しまわないように、プロダクトが大切なモノであるために、行動変容デザインを活かしていきたい。改めてそう思いました。


行動変容デザインについてはこちらでかきました:

さらなる学習のために

『行動を変えるデザイン』において、考え方にはたらきかけるやり方は「意識化」戦略として紹介されています(P.106)。「意識化」は習慣化、チートなどの他の行動変容戦略と比べ、難易度が高いと指摘されています。わたしとしては、これらの戦略は組み合わせることが可能なため、アプリの使い始めは、チートや習慣化の戦略を活用し、その後は意識にはたらきかけていく、そういったアプローチもあるのでは、と思っています。

また、行動変容のためのプロダクトの型として、気づきを促すような「行動変容ゲーム」「意思決定支援」「チュートリアル」「違う角度から考えてみようという訴求」といったデザインパターンも紹介されています(p.243)。是非参考にしてみてください。


認知行動療法(CBT)については、こちらが専門書ながら読みやすかったです。All-or-Nothing思考以外にも様々な認知のくせ、が紹介されており、これらの自動思考への介入の方法論が示されています。


英語の記事引用については、なるべく、原文の意図や誤訳ない読解に努めていますが、解釈まじりであったり、誤ったニュアンスの捉え方をしていたらご指摘頂けると幸いです。


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