見出し画像

被り物で大スベりしてから入社したウェブディレクター

2014年末。15年近く勤めた会社を退職した私は、複数の制作会社にお声掛け頂いて悩んだ末にディーゼロへの入社を決めた。

その転職先から「入社前ではあるが、忘年会に参加しないか」というお誘いを受け、顔見せや挨拶を兼ねて、参加する事になっていた。

忘年会当日。
有休消化期間で、緊張感のない日々を過ごしていた私だが、その日は、急ぎ足で会場へ向かい、着いてすぐ、トイレに向かった。

私は大事なサプライズを考えていたのだ。
トイレの個室に入り、カバンから銀色に光るロビンマスクの被り物を取り出し、頭からかぶる。

会場へ入り、視界の悪いマスクの下から60名ほどの席数を見渡す。
まだ参加者はまばらであったが、社長の席の隣に用意されたゲスト席が私の席だった。
すでに着席していた社長と数名の社員の反応をみて、マスクの下で手応えを感じていた。

しかし、次の瞬間から少しずつ想定外のことが起こりだす。

まず、声を出してしまうとサプライズゲストが私だとバレてしまうので、声が出せないことに気づいた。
採用して頂いた社長に気の利いた挨拶もできない・・・。
驚きと呆れが混在した表情でこちらの様子をうかがう社長に「大丈夫だ」と言わんばかりのドヤ顔で頷き、腕を組んで鎮座。
あとは、皆の期待が高まった頃合いをみて、素顔をお披露目、盛り上がるはずだった。

しばらく黙って座っていると、額に汗が滲んできた。
真冬の12月の店内はの暖房で、Tシャツでも過ごせそうなほど温まっていた。その中で、寒空を走って乱れた呼吸を整える間もなく席に座ったのだから、マスク内は、汗と熱気で蒸し風呂状態になっていた。

宴が始まり、豪華な中華のコースメニューが並ぶ円卓を見回して気づいた。ロビンマスクは口も覆われていて、飲み食いが一切できない。
水分くらいは補給したい…だが、仕方がない、なにせ私はサプライズゲストなのだ。しばらくの辛抱だ。
大型新人の入社で、歓喜に湧く、その声を片手にゆっくり手をつけても遅くはない。そう考えて、その時をじっと待つ。
しかし、まったく私に関心を持つ気配がない。

ここで私は致命的な勘違いをしていたことに気づく。

サプライズゲストは登場する中の人を皆が知っている場面でこそ成立する。

ふと見渡すと、この会場で場面で私を知っているのは多くて5、6人程度。完全にアウェーである。

マスクの中で滲んでいた汗が大粒になって滴り、首の周り、脇、胸にまで広がった頃、いよいよ新メンバーの私ともう一人が皆に紹介する流れに。
遠くでこちらをチラ見しながら、小声でヒソヒソと話をしている数人以外は、とくにイジられることもなく、その時は来た。

引きつった表情でロビンマスクを脱ぐ、汗ダクで細身の中年男性。
どんな流れで、どんな言葉で紹介されたのか、全く記憶がない。
こちらを見る皆の表情は真顔のまま、驚きよりも疑念の空気で会場が包まれていた。
ただ、頼みの綱である一部の知人は、目を逸らし、他人の素振りで肩を震わせていたのをぼんやり思い出す。

これが、社内で今なお語り継がれる『ロビンマスク事件』である。

自分の認知度を過信して、調子に乗ったウェブディレクターのディーゼロでのキャリアはこうして始まりました。

この件があり、周囲からのプレッシャーを全く感じることなく、新しい職場に慣れることができたのかもしれない。

いいなと思ったら応援しよう!