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藤井風「満ちてゆく」MV発表を前にして。あの日のネガたち。
教会の重い扉を軋ませ、薄暗い空間に男が入ってきた。
背の高いその男はうつむき加減に、ほんの僅かに背中を丸めていた。
古ぼけたシャツにも額にも頬にも幾重にも皺が刻まれていた。
男はその風体とはまるで似つかわしくない、丁寧に年月を経た絹糸のように輝く、金とも銀ともつかない美しい色の肩まで伸びた髪と、同じように輝く髭をたくわえていた。
並んだ木製の椅子の間を、重い足を引きずるように進む男。
閉ざされた空間の中、どこからか吹いてきた風に男がふと顔を上げる。
薄暗い中、ぼんやりとステンドグラスが光を通していた。
男には過ぎ去った昔の自分が、同じステンドグラスを背に笑っているのが見えた。
遠い過去の自分が振り返ると、そこには、優しい光のように笑うあの人がいた。
ずっと続くと思っていたあの時間。
あの人との時間。
過ぎていった時間達が、現像を待つネガのように連続して男の目に映っては消えていく。
春のように笑うあの人。
夏の日差しの中では暑い海砂で足の裏を焼いた。
陽が傾きかけた肌寒い秋の日、この同じステンドグラスの前で約束をした。
そして冬が来る前に、あの人の手を離してしまった。
それからずっと男は問い続けていた。
あの時、自分はあれで良かったのかと、そしてあの人はあれで良かったのかと。
永い永い時間を問い続けながら生きてきた。
その時、ステンドグラス越しに差し込んだ光が男の足元を照らした。
ふいに男は気づいた。
あの時、手を離したからこそ、軽くなったからこそ満ちたのだと。
あの時、自分は満ちていたのだと。
そしてあの人も満ちていたのだと。
満たされた二人から溢れ出たものは、お互いをまた満たしていったのだと。
振り返った男の目には、みるみる美しい光で満ちてゆく教会の広い空間が見えていた。
本当は今までも光の中にいたのだ。
あの人と過ごしてきたことで、この世界は光で満ちたのだ。
男はふぅっと息を吐き、そしてほんの少しだけ微笑んだ。
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ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
「満ちてゆく」のMV発表まであと少しですが、ビジュアルを見て妄想が止まらず、ものすごーーーく久しぶりに妄想文を書きました。
というか書かずにいられませんでした。
完全に私の妄想なので辻褄が合わないこともありますし、支離滅裂かもしれません。