さようなら、あなたのこと
さようなら、あなたのこと
私は、電車に揺られていた。あんなに長くいたと思っていた街が、どんどん小さくなっていく。電車のアナウンスが聞こえて現実に引き戻される。時間が動き出したかのようだ。
小さなため息をついた。
伯父さんが、目を覚まさなくなった。小さな呼吸をしているが、それはとても微かなもので、いつ止まってもおかしくない状態だった。
それは海から戻った直後のことだった。
少し眠いとベットに倒れこんだ伯父さんはそのまま眠りつづけてしまった。
施設の人は、私に帰るように言った。何も出来ないからと、何かあったらすぐに連絡すると約束をした。何度も粘ったが、私の居場所はあそこではない。それだけは痛いほどに分かった。
電車の窓から通り過ぎる町並みを見つめる。
海の近くで過ごした全てのことが夢であり、夢でないように感じる。
(あんなに泣いたのは、初めてだった。)
窓に額をくっつける。
自分の家に帰るはずなのに、帰りたくない場所に、強制連行されている気分だった。
(帰りたい。)
強く思った。現実の町並みは、思っていたよりも早く通り過ぎていく。
電車の窓から海が見えた。日が沈み暗い海が目の先に広がっていた。
電車の窓に寄りかかりながら海を見つめていた。身体は枝垂れかかるように窓に吸いついている。
ふいに、海の奥に光が見えた。
それはとても不思議な光景だった。なぜだか、怖くはない。
海からの信号のように、光っては消え光っては消えを繰り返している。
そこには何もない、ただの海が広がっているだけなのに。
その光は段々と大きくなりそして、急に空に向かって弾け、一本の直線を描いて飛んでいった。
それは海から産まれた流れ星のようだった。
(ああ・・・帰ったんだなあ。)
私はぼんやりと、そう思った。
それは風のせせらぎように、波打ち際で奏でられる音楽のように、一瞬の出来事だった。
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部屋の窓から、海の匂いと共に風が入り込む。
白いカーテンを優しくはためかせ、そして海に戻っていった。
そこは随分と白い部屋だった。綺麗な美しい部屋だった。
僕は今までずっとそこで何かを待っていた。
でも、もう来ないことを知っている。
待っていたものはもう、手の中にあったのだ。
僕はそれに気がついただけだった。
それはとても安らかなひと時だった。
自然と笑みは零れ、心の中が深い幸福で満たされている。
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大きな光や、小さな光が存在する。
それは均衡を保ち、移動を続け決して一つの場所に留まらない。
流れていく星のかけらを吸い込んだ一人の少女は、星の匂いにとても敏感になった。
全ての人間が帰る、大きな空がある。
それは夜にたくさんの星を光らせ、美しい光景を人々に刻む。
一つ選んで産まれて、一つ抱えて産まれよう。
そして私は帰る。
あの場所であの時、あの人と見た流星群の中に。
その時、私達は一つになる。
完全な、一つの存在になる。
おわり