社食劇場
もうずいぶん前、社員食堂の片付けのパート勤めをしていたことがある。
そこは配膳エリアと片付けエリアが大型の食器乾燥機で仕切られていた。
配膳エリアには正規スタッフが数名いて、片付けエリアの私達とはお互いの気配を程よく感じるくらいの距離感だった。
食堂にはMさんという食堂長がいた。Mさんはアラフィフくらいですらっとスマートで物腰の柔らかいナヨっとした話し方をするお姉さんみたいなおじさんだった。
Mさんは所作が綺麗で気品高く気安く話すことはなかったけど、帰る時にはいつも「お疲れさまでした~」とパックジュースを持たせてくれた。
その食堂は12時前後に集中して混み合う。配膳エリアも片付けエリアもフル稼働。カウンターの向こうでは配膳待ちをする人の列、食べ終わって食器類の返却をする人の列が続き、プレッシャーと慌ただしさが加速する。
配膳エリアのスタッフはMさん以外は日替わりで顔ぶれが代わり、その中にMさんと同じ年頃の無骨な感じの人がいた。
関わることはなかったので名前も知らない。魔女の宅急便のキキが下宿をするパン屋の旦那さんみたいなキャラだったのでDさんとする。
寡黙でガタイ大きめのDさんが配膳エリアに来る日はなぜかMさんのピリついた声が聞こえてくる。
「おい、どうなってんだよ!なにやってんだ!」(口の悪いオネエ風)
Dさんの反応は薄く、言われっぱなし。
Mさんは気分屋なところがあるのかなあ、Dさんと馬が合わないのなあなんて思いつつ、忙しさに追われて私も周囲の人も当たらず障らずを装っていた。
度々そんな場面に出くわした。
私からするとDさんはよく堪えていたと思うが、
とうとうその我慢の限界に達する瞬間が訪れた。
その日はいつもより忙しかったのか、Mさんの機嫌が悪かったのかは分からないけど、MさんはいつものようにDさんに罵声をあびせた上に、あろうことか持っていたトングでDさんの頭を叩いたのだ。
私の見ていた光景が凍てついた。信じられなかった。
次の瞬間、Dさんが反撃した、持っていたお玉で。
トングとお玉の攻防戦が始まった。
時が止まったように誰も割って入れなかった。
食堂に食べに来ている人からも丸見え、あちらからするとこちらはステージさながらのバトル模様だったことだろう。
誰もが唖然としてしばらくしたところで、配膳スタッフのひとりが止めに入って、バトルはおさまった。
そこにいた誰もが平気ではなかったと思うけど、平気なふりをしてその後の業務を遂行した。
私はなんだか見てはいけないものを見てしまった気がして、何故か私の方がバツが悪くて、Mさんに帰る時の挨拶がいつものようにできそうになくて、逃げるように職場を後にした。
おじさん同士がトングとお玉を武器にして小競り合いをするという、何ともシュールでレアな状況、私の人生でかなり印象深い出来事である。
帰りのパックジュースが貰えなかったのは、
後にも先にもこの日だけだった。