マダム・シャボンとふしぎなお客さん
しゃらりん、しゃん。ふうりんがなる。ここはマダム・シャボンのアンティークショップ。古着、古本、古時計。新品のものはひとつもない。わたしたちが生まれる何年も前に作られたものが、人の手を渡ってたどりつく。それがシャボンさんのお店だ。
そのシャボンさんはというと、さっきからあっちやこっちを開けたり閉めたり。「いったいなにを探しているんだい?」と、修理やのサワさんが聞いても「”あれ”よ。”あれ”がないと、仕事に集中できないの。」と言うだけで教えてくれない。
サワさんが帰ったあとも、シャボンさんは探し続けた。
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朝のみせじたくはシャボンさんの仕事。床をはき、窓を拭いて、棚の埃を落とす。手を洗い、エプロンをつけたところで、しゃらしゃら、りん。
旅商人のトキさんとマキさんがお店を訪ねてきた。二人は世界中で集めためずらしいアクセサリーをお店に持ってきてくれる。
「”あれ”を今日はつけてないね。」とトキさん。
「そう。なくしてしまったの。」
「じゃあ、”あれ”の代わりにこのネックレスをあげようか。」
トキさんは自慢のトランクの一番下から、花びらが円盤に浮かんだネックレスを取り出した。
「素敵。初めて手にしたのに、懐かしい気持ち。」
「パティナだね。」
「パティナ?」
「そう。何年もかけて自然とついた錆びのことを、ぼくたちはパティナって呼んでいるんだ。きっとたくさんの人の手を渡ってきたんだろう。」
「だから、なぜか懐かしい気持ちになるのかしら。」
でもシャボンさんはやっぱり”あれ”がいいの、と言って、ネックレスはお店に並べることにした。
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しゃらしゃら、りん。
「ごめんください。修理に出していた時計を受け取りにきたのですが。」
そう言ってやってきたお客さんの耳もとを見るとそこには…
「それは!私の…!」
「え?ああ、これはね、マーメイドの貝殻をイメージしているんですって。素敵でしょう?」
人のものを勝手につけるなんて!
シャボンさんはむっとしたが、よく見てみると、シャボンさんが持っている”あれ”とは少しちがう。”あれ”よりも、もっと透き通っていて、汚れや錆びが少ないような気がしたのだ。
「ええ…とっても素敵ですね。では、時計の受け取りにサインをお願いします。」
*****
「今日は何かおかしい…」と、シャボンさんが考える間もなく。
しゃらしゃら、りん。
つぎのお客さんも、そのつぎにやってきたお客さんも…
なぜか全員、”あれ”をつけているのだ!
「でもぜんぶ、どこか”あれ”とはちがうのよね…」
「もしもし、マダム・シャボン。」
「まあ!」
*****
お店に飾っている木彫りのうさぎが、シャボンさんに話しかけてきた。
「あなたが落としたのは、わたしの右耳の”これ”かな?左耳の”それ”かな?」
「どちらも”あれ”にかなりちかいけれど、ちょっとつけてみないと。」
「では目をつむってごらんなさい!」
*****
目をつむると、シャボンさんはサワさんがまるでとなりにいるような気持ちになった。
「そう、”これ”だわ。サワさんが私にくれた、初めてのプレゼント。」
*****
しゃらりん、しゃん。
サワさんがお店にやってくると、なんとシャボンさんは店番中に居眠り。
「まったくもう‼みせじたくはシャボンさんの仕事なのに。」
と、シャボンさんを起こそうとしたところで、時計の受け取りのサインに気がついた。
「なんだ、お客さんが来たんだな。」
そしてサインのそばには、シャボンさんがいつもつけているイヤリングが。
「どうやら”あれ”は見つかったみたいだね。」
*****
しゃらりん、しゃん。
ここはマダム・シャボンのアンティークショップ。わたしたちが生まれる何年も前に作られたものが、人の手を渡ってたどりつく。
ときには、ちょっとふしぎな物語もいっしょに。
♯土屋鞄の絵本コンテスト 投稿作品です。