今日の1枚:ビゼー、交響曲ハ長調、ラヴェル《ツィガーヌ》ほか(スム独奏、レヴィ指揮)
「パリはお祭り」
ダリウス・ミヨー:屋根の上の牛 ヴァイオリンと管弦楽のためのシネマ・ファンタジー(カデンツァ:アルチュール・オネゲル)
エマニュエル・シャブリエ:気まぐれなブーレ(未完のスケッチに基づくティボー・ペリーヌによる管弦楽版)
モーリス・ラヴェル:ツィガーヌ ヴァイオリンと管弦楽のための演奏会用狂詩曲(ラヴェル・エディションによる新校訂版)
ジョルジュ・ビゼー:交響曲ハ長調
Fuga Libera, FUG813
アレクサンドラ・スム(ヴァイオリン)
バンジャマン・レヴィ指揮ペレアス室内管弦楽団
録音時期:2021年5月5-8日
7月14日の、いわゆるパリ祭(革命記念日)を意識したのでしょうか。「パリはお祭り」というタイトルのアルバムが出ました。演奏はバンジャマン・レヴィ指揮ペレアス室内管弦楽団。ネットで検索すると同名の音楽家がひとりならず存在して混乱しますが、このレヴィはリヨン音楽院で打楽器を、パリ音楽院で指揮法を学び、現在は国立カンヌ管弦楽団の音楽監督を務めています。ペレアス室内管弦楽団は彼自身が2004年に創設した団体です。
レヴィの指揮では、以前ワーナーに国立カンヌ管との共演で、モーリス・イヴァンやレナルド・アーン,アンドレ・メサジェなどの往年のオペレッタから序曲やアリア、重唱を選んだオムニバス盤『クロワゼット』があって、楽しくもなかなか上品な仕上がりのアルバムでした。またARS Produktionからはチェロのナデージュ・ロシャと共演したドヴォルザークのチェロ協奏曲ロ短調の録音も出していて、こちらは間合いとかバランスのとり方とかに面白い癖のある音楽を作っていたのが印象的です。共演するヴァイオリンのアレクサンドラ・スムは旧ソ連出身、いくどかの来日歴があるようですが、私はこのアルバムで初めて聴きました。
メインは最後に収められたビゼーの交響曲ハ長調でしょうが、それまでの3曲がなかなか凝っています。ダリウス・ミヨーの《屋根の上の牛》は、作家でもあった外交官ポール・クローデルに付き随って彼がブラジルを訪れた際に触れた音楽をパッチワーク的に引用し(14人の作曲家の作品を引用したとのこと)、バレエ音楽に仕立て上げたものです。ミヨーらしいアクロバティックな多調の扱いが、卑俗で騒々しい、それでいて華やかな音楽を築き上げる名品を、ここでは作曲者自身によるヴァイオリンと管弦楽版で演奏しています。この版の録音はけっして多くはないですけれども、かつてギドン・クレーメルが録音して有名になりました。原曲に対して単に旋律を独奏に移すだけでなく、原曲にないオブリガートを任せるなど、かなり大きな改変がみられる編曲です。カデンツァ部分には、アルチュール・オネゲルによる楽譜が用いられているそうです。
エマニュエル・シャブリエのピアノ曲を管弦楽化した《気まぐれなブーレ》は、通常フェリックス・モットルによる編曲で演奏されることが多いと思いますが、ここではシャブリエ自身が1/3ほど書きかけていた管弦楽への編曲譜を活かし、ティボー・ペリーヌが残りを補筆した楽譜を用いています。モットル盤と比べると、ホルン以外の金管楽器の出番が少なく(トロンボーンはほとんど聞こえない)、木管楽器の活躍により比重が置かれたものになりました。
モーリス・ラヴェルのヴァイオリンと管弦楽のための《ツィガーヌ》は押しも押されもしない有名曲ですけれども、ここでは、新資料を用いた大胆な校訂で話題を振りまいているラヴェル・エディションによる新校訂譜を用いてます。(この楽譜による世界初録音だそうです。)これは1924年7月に作成され、現在ニューヨーク、ピアポント・モーガン図書館に所蔵されている自筆の管弦楽総譜を参照したもので、翌月に出版されたピアノ伴奏版と比べると、フレージングやハーモニクスの処理に違いがあるとのこと。またモナコに保管されていたヴァイオリンとピアノ版の全曲譜(1924年4〜5月のもの)も参照していて、カデンツァ冒頭のリズムの変更はその楽譜に拠るそうです。
さて、演奏です。ミヨーはオーケストラがいくぶん慎ましやかなこともあってか、クレーメル&シャイー盤と比べるとかなり大人しい印象を与えますし、またミヨー自身によるバレエ版の派手派手しい騒々しさもずいぶんと薄らいでいます。スムのヴァイオリンはソロとして前面に出るよりも、オーケストラの色彩の一部を担うようにして、自己主張に走り過ぎないのが好ましい。シャブリエの《気まぐれなブーレ》は裏方ながらホルン・パートがかなり聴かせどころになっていて、演奏もよく健闘しています。《ツィガーヌ》はたいへん優れた演奏で、スムのヴァイオリンはかなり自在にテンポを動かし、ラプソディックな雰囲気を濃厚に漂わせていきます。冒頭のリズム形が異なるのは楽譜の指示として、その後のテンポの動かし方、強弱のメリハリの付け方については、どのくらい楽譜に書き込まれているのでしょうか。こういう部分は演奏者の裁量によるところが大きいので、楽譜に詳細な書き込みがあったにしても、そのリアリゼーションを面白く聴かせるというのは、演奏者の功績にカウントしてしかるべきでしょう。
最後に置かれたビゼーの交響曲も、面白い演奏です。先述の通りオーケストラは人数が少なめなんだけれども、低弦やティンパニなど、低音域がかなり強めに鳴らされているのは、解釈なのか録音の操作なのか。ともかく、その低音域の力強さが全体をリードして、オーケストラを豪快に鳴らした演奏となりました。その一方で、編成の小さいオーケストラらしい透明感もあり、木管楽器がきれいに浮き上がって、全体のサウンドは悪くない方向にまとめられていると思います。ミヨーやシャブリエでは合奏の弱さを感じさせる場面もないではないですが、ビゼーに関しては、豪快さを打ち出しながらも合奏が荒れたりせず、なかなかよい演奏になったように思います。
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