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アリス・アデール:《キマイラ》

リスト:悲しみのゴンドラ第1番、子守歌、凶星!、灰色の雲、夢のなかに、調性のないバガテル、執拗なチャールダーシュ、悲しみのゴンドラ第2番、眠れぬ夜(問いと答え)、枯れたる骨
エルサン:イン・ブラック、忘却の川、失楽園
La Scala Music、SMU015
 アリス・アデール(ピアノ)
 録音時期:2023年10月16-18日


Alice Ader Chimères
この画像はAmazon.co.jpにリンクされています。

 昨年待望の来日を果たしたアリス・アデールの、久しぶりの新譜です。アデールは1980年代に最初の商業録音を制作して以降、2000年前後にPianovox、00年代にFuga Liberaに集中して録音を残した以外は、特定のレーベルから続けてアルバムをリリースするということがありませんでした。当盤も新興のラ・スカラ・ミュージックへの初めての録音で、これが継続する録音計画の一部なのかどうかは定かではありません。ラ・スカラ・ミュージックはフランスのアヴィニョンに本拠地を置き、配信中心でCDは限定枚数生産のみ、統一されたモノクロームなアートワークとユニークなプログラミングが異彩を放つ独立系のレーベルです。アーティストのラインナップは若手中心ですが、フランチェスコ・トリスターノやベルトラン・シャマユ、アンサンブル2E2Mなどのビッグネームもちらりと参加しているのが興味深いところ。録音用の小ホールを四つ所有していて、それらを使い分けながら録音するというあたり、ハンガリーのフンニア・レーベルにちょっと似ているかもしれません。
 当盤の内容は、フランツ・リスト晩年の小品に、フィリップ・エルサンのピアノ曲をとり混ぜて構成されています。アデールの前回のアルバムがフェデリコ・モンポウの《ひそやかな音楽》全曲であったことを考えると、同じように内省的で、音数や名技性で勝負しないリストの小品を採り上げるのは必然と言えるかもしれません。またエルサンは、日本でのリサイタルでも《はかなきものたち》を披露したように、アデールにとってもっとも縁の深い同時代作曲家で、その独奏曲を彼女が採り上げるのもまた必然と言えるでしょう。
 そのエルサンの3曲は、併録されたリストと同様に、内省的な傾向が強く打ち出されたものです。とはいえ、リストの小品群が本質的にディソナントな、つまり非和声的な音響を指向し、単旋律な箇所であってもそこになんらかの軋みやひずみを込めたものになっているのに対し、エルサンの音楽は、随所に意表を突く動きが散りばめられているにせよ、ベースとなっているのはコンソナントな、つまり協和的で鳴りのよい響きであって、アルバム全体の雰囲気として一貫したものがあるなかで、作曲家が入れ替わると聴いているだけでそれが分かるのが面白いところです。
 なかでも面白く聴けるのは、やはりリストの作品でしょう。リストが晩年に書いた小品の数々は、技術的な難易度からすれば初学者向けと言ってもいいくらいだけれども、切り詰められた和声の動きは大胆で、かつ内容的にも深い内省と瞑想が込められていて、おそろしくとっつきにくいものとなっています。それらの小品を採り上げるピアニストの多くは、予言的とすら言われる作品の性格を際立たせて、ひたすらに静的で晦渋な解釈で音楽を染め上げることが多い。しかしアデールは、響きの隅々までをよく鳴らした上で、一見それとは気づかれない程度にテンポを伸縮させたり、間合いを詰めたりしつつ、それらの音楽を実に活き活きとしたものとして再現している。これは若い頃から一貫しているアデールの美点で、音色的にはけっして華やかなところはないのだけれども、微細なテンポ・ルバートや優れたリズム感を駆使して、音楽に内在する生命感をぐっとつかんで表に浮かび上がらせていきます。こうした音楽の作り方に彼女ほど長けているピアニストは他にいるでしょうか。かねてより偏愛していたアデールのピアニズムがここでも健在であることに、私は心を動かされました。
 なお、リスト晩年の小品とはいえ、音数の多く技術的な見せ場もある《調性のないバガテル》や《執拗なチャールダーシュ》も収録されていて、技術的にもまだまだ達者なところもみせてくれるのが、ファンとしては嬉しいところです。また、最後に収められた《枯れたる骨》はリスト自身の合唱曲からの編曲で、ピアノ版は現在他に録音はないかもしれません。

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