悪夢~学生時代の黒歴史~

起きる寸前、私は怒ってスニーカーを投げていた。
泣いている我が子に起こされた。助かった。

・夢の内容
母親と何かやりとりし遅刻するような状況を作り上げてしまって、母親に自分でいくか、送っていくか聞かれ、怒り出していた。そしてスニーカーを投げた。詳しいことは忘れた。

でもこの夢で思い出したことがある。
高校の部活の練習のとき、当日親の送り迎えができない人で学校に集合して練習場へ行く予定の日があった。そして私は送り迎えできない人で申請し学校へ向かうつもりだった。
 しかしそのとき私は寝坊した。そして焦った。もう自力では間に合わない。泣いた。そして母親になんとかして連れていってくれないか泣きながら説明しなんとか連れていってもらえることになった。
 だがそのあと、学校で集合していた人たちがまだ学校で待っていたことを知った。
部活の連絡手段で使われていたLINEを私は常用せず、ガラケーであったため同じ部活の人からも私からも手軽に連絡を取る手段がなかった。そして私も誰が学校にいる人なのかわからず、尚且つ連絡先も知らず連絡できなかったようだった気がする。ここらへんは記憶が曖昧だ。車で母親と練習場へ向かう中、学校にいる人のほうから連絡が来て私が車で練習場へ向かったことを伝えた気がする。
 学校で待たせていた先輩が後から来る、最悪な空気だったのを覚えている。わたしに怒ろうとしていた先輩を他の先輩がなだめていたようなやりとりもあったような気がする。
同学年の部員には「それ、親の送りできんじゃん」といわれた記憶もある。
わたしちゃんと謝ってたっけ。

その発言の意図を理解できたのは社会人になってからだったと思う。

部活の送り迎えができない親もいる。働きにいったり病気だったり何らかの事情で。その状況下で送り迎えがしてもらえない人のために、いつも通っている学校に集まって練習しに行く。
私は頼めば親は送り迎えができたわけだ。環境に恵まれていたわけだ。

社会人になって巡りあった職場の上司が、面談の際に私が人間関係の愚痴を言うと私の言い分を聞いた上で「そうね。それぞれ隠れた事情があるから」と言われた。

そう。私は部活動の送り迎えをしてもらえる親がいる環境ではあった。

 このエピソードとは別に私は幾度と部活の練習場所を間違えた。練習場所は3箇所あり、予定表にかかれている。にもかかわらず間違った。
そして一人で遅れてきて、一人で途中から部活参加したことも幾度かあった。

今の私から当時のわたしに声をかけれることなら部活はもうやめなさいと声をかけるだろう。真面目な部員ではなかったし、他の部員と熱量が違った。なんなら私は同じ部活の人に恋し失恋し、いずらかったから同じ部員にやめたいやめたいばかり愚痴り結局やめなかったわけだ。
本気でその部活に打ち込んでる人からしたらそんな部員が一人同じ部活にいると考えただけで、同じ部活の部員だと思われると最悪だ。

 さっさとやめりゃ良かった。

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