【朗読劇】内股膏薬 第5話(最終回)
第5話
胡桃 「どうしたんですか? あたしたちのことは気にしないで、早く奥さまのところへ行ってあげて下さい」
祐輔 「・・・思い出の・・・場所・・・って書いてあるんだよね?」
典子 「はい、思い出の場所です」
祐輔 「それって・・・・・・どこだろう?」
胡桃 「へっ?」
雅恵 「ちょっと祐輔! あんたそりゃないんじゃないの!?」
胡桃 「ひどいです・・・祐輔さん、見損ないました」
八重 「祐輔さん、それはあまりにも娘が不憫すぎます」
祐輔 「違うんだよ。たくさんありすぎるんだよ。だってさ、思い出の場所なんて、一つにしぼれないだろ。僕にとって、大切な人と過ごす毎日が素晴らしい思い出なんだから!」
間
祐輔 「・・・子供の頃さ、将来の夢を書きなさいって言われて、二十個くらい書いたんだ。
焼きたてのパンが好きだから、パン屋さん。子供たちに色んなことを教えたいから、学校の先生。月に行ってみたいから、宇宙飛行士。日本をもっと良くしたいから、総理大臣・・・。
そしたら担任の先生に、一つにしぼりなさいって言われた。いいじゃないか、たくさんあったって!
パン屋さんをしながら、学校の先生をして、宇宙に行って、総理大臣になることだって、できるかもしれないじゃないか!」
胡桃 「さすがにそれは・・・無理じゃないですかね」
祐輔 「無理って決めつけなければ、なんだってできるよ!」
雅恵 「それと同じなのね。わたしたちのことも、一人にはしぼれないってわけ?」
祐輔 「・・・ごめんなさい・・・」
典子 「祐輔さん。そろそろ約束のお時間になります」
胡桃 「祐輔さん、奥さま行っちゃいますよ!」
雅恵 「思い出の場所、早く思い出しなさいよ!」
八重 「祐輔さん! 耀子が、遠くに行ってしまいます!」
祐輔 「いや、いいんだ。耀子を自由にしてあげること。それが、僕が耀子にしてあげられる最後のことなんだ。
そしてみんな、これまでありがとう。胡桃ちゃん、ごめんね。雅恵さん、ごめんなさい。八重さん、すみませんでした。典子、ごめんな・・・。
みなさん、身体には気をつけて。それじゃ・・・」
雅恵 「あ、あー・・・もう! 祐輔、ちょっと待ちなさいよ!
諦めるのは早いんじゃない? どうしたら耀子さんが戻ってきてくれるか、もうちょっと考えましょうよ」
祐輔 「えっ、雅恵さん、僕のこと嫌いになったんじゃないの? 耀子だって・・・」
雅恵 「そんなわけないでしょ! 女心がわからないのね」
胡桃 「あのお・・・あたし気づいたんですけど、思い出の場所って、ひょっとしてここのことじゃないですか?」
祐輔 「え?」
雅恵 「どういうこと?」
胡桃 「手紙にもあったじゃないですか。世界中のどこにいても、祐輔さんと過ごしたこの家を思い出すって。あれはヒントだったんじゃないですか」
雅恵 「なるほど! 思い出の場所に行こうとして、祐輔がここを出て行っていたら、耀子さんとすれ違ってしまうってわけね」
八重 「・・・ということはつまり、耀子は今、日本へ戻っているんですか?」
祐輔 「じゃあ、耀子はここへ帰ってくるんですね?」
典子 「パンパカパーン! 大正解!」
胡桃 「え?」
雅恵 「べ、弁護士さん?」
典子 「実は先ほどから、奥さまと電話がつながっております」
胡桃・雅恵・八重「ええっ!」
典子 「こちらの会話は全部、奥さまに聞こえておりました。奥さま、今から帰っていらっしゃるそうです」
祐輔 「ほ、本当ですか!」
典子 「ただし、ひとつ条件があります。もしこの中で誰か一人でも祐輔さんの元を去ってしまうなら、自分はこの足でまた外国へ行ってしまい、ここにはもう二度と戻ってこないそうです」
祐輔 「えっ、どうして!?」
典子 「相手が5人いるからといって、愛情が5分の1になるわけではなく、自分の持てる愛情を5倍にして、みんなに1を与えられる祐輔さんだからこそ、奥さまは愛しているのだそうです」
雅恵 「なるほどね。祐輔のこと、心底理解してるってわけ。だからってこの関係を続けていくつもりだなんて、いい度胸してるじゃない」
胡桃 「奥さま、すごすぎます。でも、負けませんよ! あたしだって祐輔さんのこと、愛してるんですから!」
八重 「我が娘ながら、理解を超えてるわ。でも、祐輔さんを愛する気持ちは負けません」
祐輔 「えっと・・・つまり、これって、どういうこと?」
雅恵 「つまりね、これからここで、みんなで鍋パーティーをするってこと! 耀子さんが久しぶりに日本に帰ってくるなら、美味しいもの作って待ってましょうよ」
八重 「いいですわね。今日は冷えますもの」
典子 「本日の気温は昨日に比べて、十度近くも下がるそうです」
胡桃 「なんの鍋にします? あたし、北海道出身なんで石狩鍋作れますよ!」
雅恵 「いいじゃないの! 最高!」
胡桃 「提案! ね、これからもたまにはこうして会合しましょうよ」
典子 「賛成です。現状を報告し合うこともできますし」
雅恵 「ちょっと祐輔。あんた、なにぼんやりしてるのよ。買い出しに行ってきてよ」
祐輔 「えっ、僕一人で?」
雅恵 「いいわよ、誰かと一緒に行く? そしたら、誰を選ぶの?」
祐輔 「・・・一人で行ってきます・・・」
胡桃 「祐輔さん、酒粕と白みそも忘れないで下さいね」
八重 「あら、美味しそう。酒粕を入れるの?」
胡桃 「はい、うちはいつも入れるんです」
八重 「いいわね、そのレシピ教えてね」
雅恵 「鍋は大勢でつつくに限るわよね! ああ、耀子さん早く帰ってこないかしら!」
胡桃、雅恵、八重、典子、笑う。
祐輔 「(独りぼっちで)行ってきまーす」
胡桃、雅恵、八重、典子、「(はつらつと)いってらっしゃーい!」
一人部屋を出ていく祐輔。電話に向う。
祐輔 「もしもし? 桜井です。今、なにしてたの? そうなんだぁ、いいね。外は寒いもんね。
え、僕? うん、今から夕飯の買い物に行くところなんだけど、ふっと思い出して、なにしてるのかなって思ってさ。
えっ、本当? それじゃ明日会える? よかったあ。きみの笑顔を思い出したら、すごく会いたくなっちゃってさ。え? 嘘じゃないよ。だって僕が一番好きなのは・・・あっ・・・え? ええっ!?」
祐輔の合図で、全員が本を閉じる。
5人、椅子から立ち上がり、礼。