【小説】コトノハのこと 第2話
第2話
次の日の朝、妻はいつもの様子でテーブルの上におかずを並べていた。座って新聞を広げると、
「さっき、ひろみから電話がありましたよ。今日、ハナちゃん連れて遊びにくるって」
妻が言った。口調はそっけないが、機嫌が良いのがわかる。
長女のひろみは歩いて二十分ほどの距離にあるマンションに住んでいる。孫の葉菜は三歳で、春から幼稚園に入る。
朝食を終えて畳の部屋で詰将棋をしていると、外から門扉を開ける音がかすかに響いた。玄関に飛んでいった妻の「ハナちゃーん。いらっしゃい」という甲高い声が聞こえてくる。
重いガラス障子を引いて廊下に出ると、
「ハナ? なにもじもじしてるの。こんにちは、でしょ」
娘のよく響く大きな声が、辺りをびりっと震わせた気がした。普段は妻と二人だけの静かな家が、驚いて飛び起きたことだろう。
妻が嬉しそうに孫の靴に手をかけると、
「ハナったら、ちゃんと自分でお靴脱げるでしょ。そんなんじゃ、幼稚園に行けないよ。あ、お父さん、これそこ置いといて」
娘はよどみなく話しながら、てきぱきと子供の荷物の入ったバッグを渡してくる。
「ああ」
返事が届くか届かないかの早さで、
「ほら、ハナ。おじいちゃんにもご挨拶して。なに照れてんの。もーそんなんじゃ幼稚園に行けないよ!」
孫は靴を脱ぐのを妻に任せながら、じっと私の顔を見上げている。
「ちゃんとご挨拶しなさい。こんにちはって」
重ねて言われ、ますます口を閉ざしてしまった孫娘の前で、私もまた同じように立ち尽す。
「いいのよねー、おじいちゃんのお顔が怖いんだもの」
妻が横から言うと、孫の手を引いて奥に連れて行った。「おてて洗うのよ」と呼びかけながら娘が後を追い、私は玄関に一人残されてしまう。
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