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【短編小説】逆ナンのすゝめ 第1話
第1話
「きみ、可愛いねぇ!」
スマホを開きながら信号待ちをしていた、ゆるふわウェーブのモテ髪女子が、弾かれたようにこちらに顔を向ける。
まつエクばっちりの長いまつげ。でも、アイラインはそれほど濃すぎない。ナチュラルでも充分に大きな目。
スマホの画面に乗せられたままの指には立体的なネイル。わお、前衛芸術かな。
女の子は目を丸くし、警戒心をあらわに俺を見た。よっしゃ。心の中でガッツポーズする。第一関門クリア。
女の子は俺の顔に向けていた目線を、やがて全身に素早く走らせていく。髪型、服、小物、靴。
見開いた眼の白い部分と入れ替わりに、黒目が広がっていく。
相手をよく見ようとすると瞳孔は開く。出会いの直後にしか味わうことのできない、俺を観察する女の子の瞳。この時間は最高にエキサイティングだ。
「ゴメンね、急に声かけて。きみがあまりにも魅力的だったもんだから、ハート撃ち抜かれちゃったの」
そう言いながら、胸を押さえてよろける。女の子は口の端をひねり上げ、笑顔らしきものを見せた。よしよし、第二関門もクリア。
「ひょっとしてモデルさん? 一般の人じゃないよね。なんかやってるでしょ?」
「・・・いえ、なにも・・・」
女の子が声を発する。やったね、第三関門もクリア。
「マジで? じゃあ、きっとこれからスカウトされるところだ。金の卵だね」
「きんの・・・たまご?」
女の子は呟いて首をかしげた。あんまり頭はよくないみたいだ。
いいのいいの。俺、バカな女の子大好き。もちろん賢い女の子も好き。
「そうそう、金の卵。これから金のヒヨコが生まれて、金の雌鳥になって、金を産んでいくわけよ。だから金の卵。あっ、略しちゃダメね。女の子が言っちゃいけない言葉になっちゃう」
女の子がぷっと吹き出す。そして、上目遣いに俺を軽く睨んだ。
「キャッチ?」
「違うよおー、そんなんじゃないって。単純に、キミがあんまり可愛かったから、お話したいなーって思って声かけただけだよ」
信号が青になり、周囲の人波が動き出す。それに合わせて、彼女と俺も対岸に向かって歩き出した。
「まじナンパじゃん、ウケる」
女の子は呆れたように言った。都心のまっ昼間。周囲は人だらけ。警戒レベルは下げられたようだ。
「そう、ナンパ。だってさあ、こんなに可愛い女の子をよ? 素通りする方が逆に失礼じゃない? そんなやつ、クズかチンカスでしょ。一生センズリこいてろ、童貞こじらせとけ」
女の子が笑い出す。やったね。今日の俺は絶好調。舌がまわること、銭独楽が裸足で逃げる。サタラナ舌にカ牙サ歯音。
「これからどこ行くの? ひょっとしてデート?」
「ううん、学校行くところ。専門だけど」
「へえ、学生さんなんだ。何年生?」
「一年。でももう辞めたい」
最初に声を発してしまうと、よほど不快な思いをしない限りは無視できない。だから会話が続く。女の子って律儀。
大切なのは焦らないこと。だって、こうやって女の子と会話をすることが楽しいんだ。
いつまでも誘おうとしない俺に、女の子の方が先に焦れてこちらの様子をうかがい始める。それが潮だ。
「よかったらお茶でも行く?」
「えー」
予想していたのか、それほど驚いた風でもなく女の子が考え込む。
「ダメならいいけどさ、どう?」
大切なのは、引きすぎないこと。女の子に理由を与えてあげること。格好つけないこと。
「行きたいお店ある?」
大きな瞳が揺れた。女の子がスマホの画面を操作する。
「ここ」
差し出されたのはSNSの写真だった。最近話題のお店。なるほどね。
「でも、けっこう並ぶみたいなんだよね」
「いいよいいよ。俺、待つのは嫌いじゃないから」
これでキマリ。
「え、めっちゃうれしい。ありがとう」
彼女がそう言って目を輝かせた。ナンパしたのは俺なのに、いい子だね。
こちらこそありがとう。可愛い女の子に感謝される瞬間ほど、男として嬉しいことはない。