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【短編小説】逆ナンのすゝめ 第5話
第5話
乗り換えを経て降り立った私鉄の駅は、名前すら聞いたことがないところだった。
宅地開発される前はきっと、一帯に田畑が広がっていたのだろう。駅前にぽつりとある新しそうな複合施設を通り過ぎたら、高い建物など一つもない景色が続く。
踏切を渡り、川を渡り、住宅地を抜けると果樹園があった。巨大なネットに隔てられた木々を見ながらひたすら歩く。
「あそこです」
ちはるがそう言って、少し先にある一軒家を指さした。とんでもなく遠い道のりだったようが気がしたが、実際は十五分くらいだった。
ちはるがインターホンを押し、応答を待つ間、俺は視線を巡らせた。
庭の彩りが目を引く。こじんまりした植物園のようだ。
レンガで囲んだ花壇には花をつけた植物が並び、それ以外にも背の低い灌木などいくつかの樹木が点在している。
ひときわ目を引くのはアーチに巻きついているバラで、その下には緑青がかった色合いのテーブルと椅子が並んでいた。
種類は豊富だがごちゃごちゃしておらず、落ち着いた空間になっている。
「はーい」
インターホンから女性の声が応答した。よし、ここからが俺の演技の見せ所だな。そんな気合を裏切るように、濃い茶色のドアから顔をのぞかせたのは五十代くらいの女性だった。インド綿のワンピースに、こざっぱりしたエプロンをつけている。
意外なマルタイに、俺はいささか拍子抜けした。あれ、友達にマウント返しするんじゃないの?
「ちはるちゃーん、いらっしゃい!」
女性はそう叫び、ちはるに抱きついた。ちはるの頬が緩み、俺の見たことのない顔になる。
「元気だった?」
「はい、沙都子さんもお元気そうで」
ちはるとその女性はまるで女子高生のように手を取り合い、飛び跳ねた。やがて女性がちはるの後ろにいた俺を見つけ、目を丸くする。
「あらあらまあまあ」
そう言って、女性が嬉しそうに目を輝かせた。
「ひょっとして、ちはるちゃんの彼氏さん? 本当に連れてきてくれたの?」
投げかけられたちはるが一瞬言葉に詰まる。俺はすかさず、
「ちはるさんとお付き合いしている渋谷海斗です。よろしくお願いしまーす!」
そう言って一歩進み、笑顔で右手を差し出した。
「よろしくね。わたしは日高沙都子」
ちはるが紹介するよりも早く、女性が自らそう名乗って俺の手を取る。
「ちはるちゃんの──」
言いながら、女性はちはるを振り返り、腕を伸ばして肩を抱いた。
「親友なの!」
「なあるほどー。さすが、類は友を呼ぶって言いますもんね。美人の親友同士、最高ですね」
大真面目な顔でそう言うと、女性は一瞬目を丸くしてから噴き出した。
「海斗くん、だったわよね。面白い子ね、ちはるちゃん」
ちはるは恥ずかしそうにうつむいてしまった。そんな彼女の彼氏よろしく、照れ笑いを浮かべてみせる。
女性は肩に回していた腕を外すと、ちはるの顔を覗き込んだ。
「約束覚えていてくれたのね。嬉しい!」
約束?
俺の頭に浮かんだ疑問符に応えるように、女性は、
「彼氏が出来たら紹介してねって、約束してたの」
ね、とちはるに同意を求める。ちはるは笑みを浮かべ「はい」と頷いた。
「さあ、どうぞ。上がって上がって。ちょうどケーキが焼けるところだから」
促されて門をくぐる。後ろのちはるをちらりと振り返ったが、庭を眺める横顔は髪に隠れ、どんな顔をしているのかわからなかった。