【小説】日曜日よりの使者 第15話
第15話
このまま どこか遠く 連れてって くれないか
ラジオから流れる懐かしい曲に耳を傾けた。西の空に帰っていく太陽が窓から斜めに差し込み、僕の左に長い影を作る。
使者が帰った後、空腹であったことも忘れて、僕は彼の言葉について考えていた。
『帰り方がわからないって、どういうことだよ。おかしいだろ』
きっと嘘をついているのだろう。そう思って、ついつい声が尖った。
『だって、僕のことを迎えに来たのはあなたじゃないか』
僕の投げかけに、
『わたくしはこの世界のルールに従って、ただ運んでいるだけなのです』
使者はわずかに目を伏せて言った。
彼の説明によると、こういうことだった。
日曜日の国に来たい人の願いがこちら側に伝わると、なんらかの手段で案内のメッセージが送られる。僕の場合はテレビ画面に映し出されたが、そのツールは人によってさまざまだ。
そしてその人物が案内に従って待ち合わせの場所へ足を運ぶと、二つの世界がつながり、使者の運転するバスが時空を超えて彼らの目の前に現れる。
『つまり、あちら側で誰かが望まないと、行き来することはできないの?』
思わず叫び、頭を抱えた。
もし使者の言っていることが本当なら、次に二つの世界がつながるのはいつになるかわからない。
『日曜日がずっと続いたらいいのに』
『月曜日なんて、来なければいいのに』
僕のように、それを望む人がいたとしても、本気で真夜中にロータリーまで足を運ぶ人はどれほどいるだろう。
何箇月後か、何年後か……いや、下手をするともっと先かもしれない。
『いや、でも待って』
僕がこの世界へやってきた時のことが頭の中に蘇った。
『あなたは僕を乗せてから、この日曜日の国に向かって車を走らせたじゃないか』
あの時に使者の運転するバスの後部座席で見たもの。アルバムにしまい忘れた写真のように、引き出しから記憶があふれ出す。
『どこへ向かうんですか?』
おそるおそる尋ねた僕に向かって、
『西です』
と言った時の彼は、確信をもってハンドルを握っているように見えた。しかし使者は首を振り、
『西へ向かってバスを走らせ、日曜日を捕まえればこちらの世界へ入れる。わたくしが知っているのはそれだけ、入り口だけです』
ドアは反対側からは開かない。
黙り込んだ僕に向かって頭を下げ、使者は帰っていった───。
気づくと日は落ち、部屋の中はうす暗くなっている。
「入り口は普通、出口にもなるだろ」
独り言ちて、しゃべりつづけているラジオに気づいた。曲はとっくに終わったようだ。音量を絞る。
反対側からは開かないドア──もし日曜日の国の入り口がそうだとしたら。僕は一体どうやって元の世界に戻ればいいんだろう。
ふと、すばやく動くなにかに目を奪われた。小さな光が壁を滑り、一瞬で消える。
光源を探して、壁の反対側にある窓に顔を向けた。しかしガラスの向こうは暗くなった空だけだ。
次の瞬間、また壁に映った小さな光がすばやく動き、消えた。立ち上がって窓を開け、光の正体を探して目を凝らす。
すっかり暗い東の空から、まだほんのり明るさが残る西の空に向かって、ひとつの光が落ちていくのが見えた。
『流れ星』
背後で誰かが言った。驚いて振り返ると、ベッドの上にちんまりと乗っているスマホが目に入った。
『ヒントは流れ星だと、そう言っておりました』
「え?」
ベッドに膝をつき、スマホに手を伸ばす。暗い画面に向かって尋ねた。
「言ってたって、誰が?」
『あの方です。三軒目にお邪魔した、あの家にいらした───』
「あの男性?」
僕は目を瞠った。
『だから、これから調査すると言ってるだろ!』
そう怒鳴った時の彼の顔が蘇る。
『いいえ、あの男性のスマホです』
その言葉に二度びっくりした。スマホが別のスマホとやり取りをしていたなんて、まったく気づかなかった。
『これまで申し上げておりませんでしたが、わたくしどもスマホ同士で意思を伝えるやり方があるのです』
あの時、僕らが話している横で、スマホ同士もまた会話をしていた。そういうことか。
「それで、あの男性のスマホが教えてくれたんだね。流れ星がヒントだって」
『ええ。流れ星は、あちらの世界からやってくるのです』
その瞬間、僕の脳裏にひとつの記憶が蘇った。ここに向かう途中にバスの後部座席から見たものが、今度は動画になって僕の頭の中で再生される。
西へ向かうバスの中で、心地よい振動に身を任せているうちに眠ってしまった。その間に、子供のころの懐かしい夢をいくつも見た。
気づくと、窓の外に街並みはなく、真っ黒な宙を飛んでいた。大きな光の玉がいくつもバスを追い越していく。
『流れ星?』
うまく声が出なくて、咳払いしてからもう一度同じことを呟いた。こっそり頬を拭う。
『ええ、あれがわたくしたちを導いてくれます』
運転席の使者は、前を向いたまま言った。
『流れ星は、誰かの流した涙なんです』
その声はどこか寂しそうに聞こえた。僕は黙って窓の外へ顔を向けた。
『空に浮かんでいる星は、誰かの悲しみなんです』
前も後ろもわからないような暗闇で、数えきれないほどの星が僕たちを取り巻いていた。