【朗読劇】内股膏薬 第4話
第4話
雅恵 「ねえ祐輔。この際だからはっきりさせてよ。この離婚届にサインして耀子さんと離婚するのか、それとも耀子さんを選ぶのか。この期に及んで、離婚もしない、誰も選べないっていうなら、なんだかバカバカしくなってきちゃった。わたしもう降りるわ」
祐輔 「降りる?」
胡桃 「だったらあたしも降ります。あたし、こう見えて負けず嫌いなんです。こんなの、我慢できません!」
祐輔 「胡桃ちゃん! 待ってよ!」
八重 「そうね。なんだか急に目が覚めた気分。わたくし今まで何をしていたのかって。やだ、恥ずかしくなってきたわ」
祐輔 「八重さん、そこまで言わなくても・・・」
典子 「祐輔さんからご説明頂いていた内容が事実と食い違っていた以上、これは契約不履行ということになり、こちらから恋愛関係を解消することが可能です」
祐輔 「ちょっと、ちょっと待ってくれよ! 胡桃ちゃん! 雅恵さん! 八重さん! 典子! そんな、急に僕を捨てるなんて言わないでくれよ!」
雅恵 「なに言ってるのよ。あんたには自由な耀子さんがいるでしょ」
胡桃 「そうですよ。考えてみたらやっぱり、奥さんを選ぶのが一番いいと思います。それにあたし、祐輔さんには幸せになってほしいって思ってるんです。
負け惜しみじゃないですよ。だってあたし、祐輔さんに助けてもらったんですから・・・。
入社したばかりの時、なにをしても先輩たちから叱られてばかりで、せっかく憧れの会社に入れたのに、うまくできない自分が悔しくて・・・。
そしたら、祐輔さんが声をかけてくれたんです。『どうすれば周りから褒められるか』じゃなくて、『どうすれば誰かの役に立てるか』を考えたらいいよって。
その時、あたし、気づいたんです。それまで、『どうすれば褒められるか』どころか、『どうすれば叱られないか』ってことしか考えていなかったって。
祐輔さんのおかげで、ちゃんと周りを見ることができるようになって、今では仕事、本当に楽しいんです。それから祐輔さんのことが好きになっちゃったんですけど・・・。
でもあたし、あれからずっと、祐輔さんに恩返しがしたい、って思ってました。だから・・・奥さまと幸せになって下さい」
八重 「・・・そうね。わたくしとしても、祐輔さんと娘が幸せになってくれるなら、それが一番いいわね。
祐輔さん、これまで本当にありがとうございました。祐輔さん、覚えていらっしゃらないかもしれないわね。祐輔さんと娘がわたくしを招いて、誕生日をお祝いしてくれた日。
帰りは祐輔さんが車で送ってくれて・・・遠慮するわたくしに祐輔さんが言ったわ。『遠慮する必要ないですよ。八重さんは今日の主役ですから』って。
『わたくしに主役は似合いません』と応えたら、祐輔さん笑って、『だって、八重さんの人生では、八重さんが主役じゃないですか』って。
驚いたわ。だってわたくし、自分の人生でさえも自分は脇役だと思っていたから。
亡くなった夫や、自分の父親から『女は余計なこと言うな』って言われてきて、それが普通なんだと思っていたの。
それ以来、祐輔さんに色んな話を聞いてもらって、心や身体が軽くなるような気がしたわ。祐輔さんには感謝しかありません。本当にありがとう。娘と幸せになって下さいね」
典子 「・・・わたしこそ、本来なら真っ先にお別れしなくてはならない立場でした。
祐輔さんは大学のサークルの先輩で、偶然再会した時は、わたしはまだ前の夫と婚姻関係にありました。でも、夫とはうまくいっていなくて・・・。
仕事と家庭を両立しようと必死で頑張るほど、夫には理解されず、「お前には可愛げがない」と言われてしまいました。
周りから『赤ちゃんはまだなの?』って言われるたびに、夫は『典子がまだ欲しがらないから』って、全部私のせいにするんです。私、もうとっくに限界だったのに、自分でそれを言っていいのかわからなかった。
祐輔さんから『頑張りすぎてしまうところが、典子の可愛いところだよ』って言ってもらった時、ああ、わかってくれる人がいる・・・って嬉しくて。
それで気づいたんです。夫とはもう、修復不可能なところまでかけ離れてしまったんだって。それで離婚するふんぎりがつきました。
でも、祐輔さんの家庭を壊すつもりじゃなかったんです。祐輔さん、奥さまとお幸せに・・・」
雅恵 「ねえ祐輔。わたし、最近よく思い出すの。あの頃が一番幸せだったな・・・って。
ほら、まだわたしが小説家としてデビューして間もないころ。全然売れなくて、あなたは貧乏な大学生で。いつも二人でお腹すかせてたわよね。でも毎日楽しかった。
あのあと、わたしの本が賞を取って、ベストセラーなんかになっちゃって。お金はどんどん入ってくるようになったけど、あなたとはすれ違い。
ううん、わたしがプレッシャーやストレスのせいにして、あなたに当たり散らしたり、言っちゃいけないこともたくさん言ったの。だから、あなたの心がわたしから離れていったのは、全部わたしのせい・・・。
あなたと別れてからね、わたし、しばらく荒れてたの。それがまたこうして会うようになって、本当に楽しくて、まるで昔に戻ったみたいで・・・でも、こんなの長くは続かないって、ちゃんとわかってた。
バイバイ、祐輔! もうフラフラしないで、耀子さんのこと大切にしてあげて」
祐輔 「・・・雅恵さん・・・。胡桃ちゃん、八重さん、典子、本当にごめんよ。
僕は心からみんなを愛してる。これは僕の本心なんだ。みんなの笑顔が見たかった。みんなを笑顔にするお手伝いができたら、それが僕の幸せだったんだ。
でも中途半端な気持ちで、かえってみんなを傷つけてしまったね・・・。
こんな僕が、もし本当に誰かを笑顔にできるとしたら、やっぱり、それは耀子だけなんだ!」
雅恵 「やっとわかったの、バーカ」
胡桃 「遅いですよ! でも、遅すぎなくてよかったです」
祐輔 「雅恵さん、胡桃ちゃん・・・」
雅恵 「早く行ってあげなさいよ。耀子さんが待ってるわよ」
胡桃 「あっ、もうすぐ六時半です」
祐輔 「・・・・・・」
雅恵 「祐輔、なにしてんのよ!」