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【小説】日曜日よりの使者 第12話

   第12話

 二件目の家も同じ形の平屋で、外壁の色の他に違いはなかった。

 僕は足を止め、大きく息をついた。両手を膝に乗せて背中を丸める。腰がぽきんと音を立てた。

 最初の家までの道のりに比べて、早く着いたような気がする。単に気持ちの問題だろうか。歩くのに慣れたせいかもしれない。

 とはいえ、ふくらはぎが細かく痙攣していた。足の裏の感覚がない。

 チャイムを押した。さっきの家のことを思い出して身構えると、

「はい」
 扉が開き、男性が姿を現した。すっかり禿げ上がっており、腹も出ている。僕よりもずいぶん年上のようだ。

「えっ」
 怯えたように顔をひきつらせる男性に、

「あ、あの、突然すみません」

 慌てて言った。「僕はこの日曜日の国の」
 言い終わらないうちに、男性が急に悲鳴を上げた。今度は僕が驚く番だった。


「いやだ、帰りたくない!」
 男性は叫び、ドアを内側に引く。僕は反対側からドアノブに飛びついた。


「やめて! 助けて!」
「あのっ、誤解です! 僕はそういうんじゃなくて……」


 男性に僕の声は届かない。まるで綱引きのように、お互いにドアノブを引っ張り合った。

「お願いします、ここから連れ戻さないで下さい、お願いします」
 男性は叫びながら涙を流した。僕が何度説明しても、まったく耳に入っていないようだった。


 諦めてドアノブを離すと、彼は音を立ててドアを閉めた。どっと疲れに襲われる。だが、いつまでもそこで佇んでいるわけにいかない。

 僕はふたたび歩き始めた。ふくらはぎ、太もも、すべての感覚がなくなっても、歩きは止まらなかった。まるで機械のようにぎしぎしと動いている。

 不思議なことに、感覚を失った部分の代わりに、両足の付け根が痛い。足を前に出すごとに針で刺されたような痛みが走る。それなのに、足を止めたらもう二度と歩き出せないような気がして、わずかな休憩すらできなかった。


 三軒目の家の前に立った時には、外はうす暗くなっていた。
 チャイムを押す。しかし、誰も出てこない。扉に耳を近づけてみるが、中からはなにも聞こえない。

 数歩後ずさり、家の全体を眺める。部屋には明かりがついていない。ひょっとしたら、誰も住んでいないのかもしれない。念のため、もう一度チャイムを押しても、ドアは開かなかった。

 気が抜けて、その場にへたり込む。疲れと空腹が一気に押し寄せ、頭がくらくらした。


「へえ。使者以外の人を初めて見たな」
 ふいに声がした。驚いて振り返ると、一人の男性が開いた窓から顔を出し、こちらを眺めている。


「あ……、あの、僕は怪しい者ではなく、この日曜日の国の」
 慌てて腰を上げた。言いかけた僕に、

「わかってる。みなまで言うな」
 男性が片手で制した。そのまま、面白そうに僕を眺めている。


「あの……」
 僕は所在なく、もじもじと両手をズボンの尻にこすりつけた。

「もしよかったら、水を一杯飲ませてもらえないでしょうか」
「おや、これは失礼」
 男性はそう言って窓から首をひっこめると、再び玄関から姿を現した。

「さあ、どうぞ入りたまえよ」
 そう言って、扉を大きく開く。

「えっ、あの、いいんですか?」
「もちろん。歓迎するさ」
 男性が手で僕を促す。

「でも、あの、僕、裸足なので、足の裏が汚れていて」
「気にするなそんなこと」

 勧められるままに上がり込んだ。リビングのテーブルを挟んで差し向かいに座る。紙コップに注がれた水を一気に飲み干すと、男性はすぐにおかわりを注いで持ってきた。

「腹が減ってるのではないのかい」
 そう言って、男性が冷凍食品のパスタを温めて差し出す。ありがたくちょうだいした。

「変わった人だね。どのくらい歩いたの?」
 もぐもぐとほお張る僕を見て、笑いながら男性が尋ねる。

「ええと、朝からずっとです」
 言いながら時計に目をやった。半日以上が経過している。

「そこまでして、きみは一体私になにを聞きに来たの」
 男性は呆れた風でもなく、頬杖をつきながら夢中で食べる僕を見ている。

「はい、あの……」
 僕は一息つくと、口の中のものを呑み込んでから、

「この世界について、どう思いますか?」
 最初の住人に尋ねたのと同じ質問を口にした。

「いいねえ」
 男性はにやりと笑い、

「きみが考えているのは、まさに私と同じだよ。この世界の仕組み」


 そう言って腕を組む。僕は言葉もなかった。そんな答えが返ってくるとは予想もしていなかった。


「この日曜日の国は一体どのようにして成り立っているのか。僕らがあてがわれているこの家や、食料、消耗品などは、どこから金が出ているのか。きみにはわかるか?」



「わかりません、教えて下さい!」
 テーブルに両手をつき、身を乗り出す。


「いや、僕も知らない」
 男性があっさりと言う。つんのめりそうになるのをすんでのところで堪えた。


「それを今、調査しているところだよ」
 僕の反応に、男性は少し気を悪くしたように眉を寄せる。

「そうでしたか、すみません」
 僕は首をすくめた。小さくなる。

「ひょっとするとこれは、なにかの罠ではないかと思っているんだ。僕らをここに住まわせておくことで、どこの誰が得をする?」

 独り言のような呟きが、まるで演説のように少しずつ高く、大きくなっていく。


「そもそも、この世界に日曜日しか巡ってこないのはなぜか。最大の謎はそこだよ。こんなこと、一個人の力では不可能だ。政府の陰謀か。いや、日本だけでは無理だ。アメリカが絡んでいるのは間違いないね。もちろん一国の力は優に超えている。世界を裏から牛耳る力を持っている秘密組織の名前を、きみも耳にしたことくらいはあるんじゃないか。そう、かつてはあのテンプル騎士団が───」


 自分の発する言葉に興奮を与えられるように、男性は声を響かせた。僕は遠慮がちにコップを手に取り、水を一口飲んだ。

「あの、それでどのくらい進んでいるんですか、その調査は」
 やっとのことで質問を挟むと、男性はあからさまに不機嫌な様子になった。

「だから、これから調査すると言ってるだろ!」
 叱責された。思わず首をすくめる。

 食べかけのパスタはすっかり冷め、パサパサに乾いていた。

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