【短編小説】捨て猫リカ 第6話
第6話
「ほら、めっちゃ可愛い」
壁に跳ね返った理加の声が耳に届いた。わたしはポットに茶葉を入れる手を止め、キッチンカウンターの中からリビングに目をやる。
「ね、似合う」
「そうかなぁ」
手鏡を覗きながら、菜摘がまんざらでもない口調で呟く。今朝わたしが簡単にまとめただけの菜摘の髪はほどかれ、ブラシで丹念に梳かれた上で、理加の手によって可愛らしく結い上げられていた。
「めっちゃ似合うよ。ここに飾りついてるの、見える?」
理加の言葉に、菜摘は何度も角度を変えながら手にした鏡を横目で見ている。
「すごい。理加ちゃん上手だね!」
言いながら、菜摘が複雑に結い固められた自分の髪にそっと触れた。
「崩れないように、ここにパッチンつけるね」
理加が菜摘の髪に飾りを足す。感心と感激で言葉もない様子の菜摘に、理加が鏡越しに目配せした。
「ほら、おやつよ」
わたしは二人に声をかけながら、バウムクーヘンを乗せたお皿をテーブルに並べた。ポットには紅茶が入っている。お腹を空かせた菜摘が飛び上がり、つられたように理加も立ち上がった。
並ぶと背の高さが大して変わらないことがわかる。体つきなど、菜摘の方がよほど肉づきが良い。
「いただきまーす」
二人は食べながらもおしゃべりが止まらない様子だ。
「理加ちゃん、これ見て」
部屋から次々と自分の宝物を運んできては、理加に見せている。一人っ子の菜摘にとって、遊んでくれるお客さんは大歓迎なのだ。
「えー、これ可愛い」
「でしょ? お気に入りなの」
「すごい、全部集めたの」
理加もまた、楽しそうに菜摘につきあっている。子供が大好き、と言っていたのはどうやら本当らしい。
果たして理加と関わったことは過ちだったかと、胸に渦巻いていた不安はすうっと消えていった。少し変わっているところはあるものの、やはり悪い子ではない。
「理加ちゃん、このグループ知ってる?」
「知ってるよ。わたしもこのグループ好き」
紅茶のお代わりを淹れようと、キッチンからケトルを持って戻ると、二人の話題は某アイドルグループに移っていた。
「菜摘も大好き~! うちのクラスでもね、すっごく流行ってるんだよ!」
手にしているのは写真入りのキーホルダーで、カプセルトイで手に入れたものだ。菜摘にはいっぱしに「推し」ているメンバーがいる。
「友達は『箱推し』なんだって。そりゃ菜摘もみんな好きだけど、でもやっぱり一番はユースケかなぁ。かっこいいもん!」
菜摘が写真を見せながらそう言うと、
「えー、ありがとう。うちの遠縁をそんなに応援してくれて」
理加が言った。ポットにお湯を注いでたわたしは思わず手を止める。菜摘も写真から目を離し、
「とおえんってなに?」
理加に向かってそう投げかけ、そのままわたしを振り返る。
「遠い親戚……ってこと」
答えながら、疑うように理加を見たが、菜摘は目を丸くして飛び上がった。
「えっ、理加ちゃん、ユースケと親戚なの?」
「うん、実はそうなの」
理加が笑いながら頷いた。
「ええっ! じゃあ、会ったこともあるってこと!?」
「まあね。子供の頃、ユーちゃんが事務所に入る前はよく遊んでたし」
「ユーちゃんだって! すっご~い!」
「別に、普通に親戚ってだけだから」
口ではそう言いながらも、理加は少し誇らしげに、
「最近はあんまり会ってないけどね。ドラマとか出てる時は、忙しいみたい」
菜摘が嬌声を上げ、興奮したように手足をバタバタさせた。床を踏み鳴らす。
「理加ちゃん」
その音にかき消されないように、片方の耳をふさぎながら少し大きい声で呼びかけた。
「それ、本当なの?」
理加と菜摘が驚いたように目を瞠った。騒がしかった部屋が一瞬で静まり返る。
「え? なにがですか?」
「つまり、そのアイドルと遠縁だっていうこと……一方的に知っているだけとか、そういうんじゃなくて?」
疑いたいわけではないが、鵜呑みにするのは危険な気がした。しかし理加は気を悪くした風もなく、
「本当ですよ。今度写真持ってきます」
笑顔で言った。
「写真見たい見たい! それからサインも欲しい!」
菜摘は叫びながらぴょんぴょん跳ねている。
「OK。次に会ったら頼んでみるね」
「やったあ! クラスの子たち、みんなビックリするよ!」
キーホルダーを抱きしめたまま、菜摘がソファに倒れ込んだ。言葉が見つからないまま、わたしはポットを傾ける。すっかり渋くなった紅茶がカップの底に溜まった。
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