【小説】コトノハのこと 第15話(最終回)
第15話
その後、孫はしばらくの間夜泣きが続いたらしい。
しかし半月くらいでそれも治まったと聞き、胸をなでおろした。今朝方、妻のスマホに届いた写真では、入園式と書かれた看板の前で、しっかりとした目つきをしていた。
「あら、いい顔で写ってる」
妻の言葉に黙って頷きかけた私は、「そうだな」とつけ加えた。「ひろみの小さい頃によく似てる」
私の喉は再び言葉を取り戻していた。一日に五回という制限もなくなり、まずは妻に謝罪と、事情を説明することができた。
妻は疑わし気に聞いていたが、いつになく長い話を終えて息が切れた私のために、苦笑しながらお茶を淹れてくれた。
「見直したわ」
妻に言われ、言葉を無くす。もちろん悪い気はしなかった。
「こんにちはー!」
車のドアを閉める音に続き、玄関が開いた。入園式を終えたその足で、娘夫婦が孫を連れてやってきたのだ。
「ほら、おじいちゃんにご挨拶しなさい」
娘が孫を押し出す。一張羅のワンピースに身を包んだ孫が、もじもじと下を向いた。
「助けてくれてありがとう、でしょ」
孫の肩を押さえる娘に、
「いいよ」
急いで言った。無理に辛い記憶を思い出させる必要はない。
あの後、男はすぐに警察に捕まったが、詳しい動機については教えてもらえなかった。
孫がランドセルを背負い、一人で学校へ行く頃には、団地は計画通りに取り壊されているはずだ。今回のことで、地域には防犯の意識が高まった。
「さあ、今日はハナちゃんのお祝いなんだから、ごはんでも食べに行きましょうよ」
妻が明るい声で話題を引き取った。
「ハナちゃん、なに食べたい?」
孫がじっと思案するように唇をすぼめる。
「お父さんは? 食べたいものある?」
娘が水を向け、孫がじっと私の顔を見上げた。それにつられて、全員が私に目を向ける。
「オムライス」
妻と娘夫婦が目を丸くした。孫が大きな目をぱちりと開き、にっこりと笑った。
おわり
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