【小説】日曜日よりの使者 第7話
第7話
「それでは、次回なにか入用なものなどございますでしょうか?」
玄関で靴を履いた使者がゴミを手に振り返った。
「ああ、いや……別に……」
ふわあ。大きな欠伸が喉元からせりあがってきて、言葉が遮られる。じわりと視界がゆがんだ。口を覆うと、手のひらに髭がざらりと触れる。
頭がかゆい。首の後ろを掻くと、次は頭頂部がかゆくなった。こめかみ、反対側のこめかみ。どんどんかゆい場所が広がる。眉毛、手首、ズボンのゴムが当たっているところ。
「……特にないかな」
カップラーメンの容器、冷凍食品のトレー、パンの袋、おにぎりを包むフィルター、お菓子の袋……使者の手にしているゴミは、かさばるが軽いものばかりだ。
この前、使者に引き取ってもらったゴミ袋はずっしりと重かった。シンクに放置されていた失敗シチューの焦げ付いた鍋が入っていたからだ。
最初は楽しかった料理も、だんだんと面倒になってきた。作っている時はまだいいが、腹が膨れると片付ける気にならず、あとでやろうと思っているうちにますます面倒になる。残ったままの汚い皿が目に入るたびに、うんざりした気持ちになった。
とどめを刺したのは、残ったシチューを温めようとして焦がしたことだった。火をかけていることを忘れてゲームに夢中になってしまい、気付いた時には遅かった。
片付けるのが面倒でそのまま放置しているうちに、腐って悪臭を放つようになった。部屋の中をコバエが飛び交う。鍋ごと窓の外へ放り投げようとしていたところに使者がやってきた。
あれ以来、部屋の中はまた荒れ放題になっている。料理だって掃除だって、自分のためだけなら頑張っても意味がない。それなら、やりたいことだけやっている方がいい───。
「いつものように、簡単に食べられるやつを適当に持ってきてくれたらいいから」
口を開いたらまた欠伸が出た。
「かしこまりました」
心なしか、使者の顔がほころんでいるように見えた。
使者の車のエンジンの音が遠ざかる。僕はテレビの前にごろりと寝転がった。思いっきり放屁する。
腹を掻き、服の上からわきの下を擦り、後頭部を掻いた。目やにをほじると、ぷうんと変な臭いが漂ってきた。
ふと目を開けた。指先を眺め、鼻に近づける。爪の中から臭いがした。
鼻の穴にくっつけて、強く吸い込む。油っぽい臭いと酸っぱい臭い。最初ツンとした臭いは薄くなるにつれて甘さのようなものに変わり、消えていく。
僕は頭を掻きむしり、鼻先に持って行った。臭いがなくなると、次はパンツの中に手を入れた。
陽が落ち、少しずつ暗くなっていく部屋の中で、僕はテレビやゲームさえ忘れ、ただひとつ自分の存在を感じ取ろうとしていた。
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