【短編小説】逆ナンのすゝめ 第4話
第4話
「それで、どこへ行くの?」
駅の路線図をじっと見上げている彼女の横顔を盗み見る。うん、やっぱり可愛いな。
「会ってほしい人がいるんです」
彼女は二人分の切符を買い、一枚を俺に手渡した。
「え、いいのに。自分のSuicaで」
「いえ、わたしがお誘いしたのに、交通費を出させるわけには」
真面目だねえ。いや、真面目な女の子は大好きですよ。
ホームに上がると、ちょうど電車が到着した。一つだけ空いている席に彼女を座らせる。彼女は俺に席を譲ろうとしたが、強く首を振ったらさすがに大人しく座ってくれた。
彼女が立っている俺を見上げ、ぺこりと頭を下げる。いやいや、ジェントルマンとして当然ですよ。
電車は郊外へ向かった。線路の両脇で花道を作るようにそびえ立っていたビルが消えていき、住宅地に代わる。窓の外で小さな家が滑るように流れていく。
駅に着くごとに、人が降りていった。乗り込む人はわずかだ。いつのまにか車内は空いていて、彼女の両隣は開いていたが、俺はつり革をつかんだまま彼女の正面に立っていた。この方が観察しやすい。
「あのさ、最初に設定を確認しておきたいんだけど、俺たちはつき合ってどのくらいの関係?」
つり革に手首を通したまま膝を折って、彼女の頭に向かって声をかけた。
彼女は考え込むように首を傾げ、そのまま固まってしまった。
「おっけー。それじゃ、まだ半年くらいってところでどうかな」
代わりに提案すると、彼女は頷き、
「はい、それでお願いします」
と呟いて口元を覆った。そんな恥ずかしそうにしないでよ。こっちも照れるじゃん。
「どこで知り合ったことにする?」
こればかりは、彼女に決めてもらわないとね。自然な設定にしないとバレるし。
「そうですね……同じ職場で知り合ったというのはどうでしょうか」
「いいけど、どんな仕事してるの?」
「クリニックで医療事務をしています」
うん、ダメだろうね。どこの世界に、こんなチャラい見た目の医療関係者がいるのよ。
「別のにしよう。他にない?」
彼女はちょっと考えてから、
「趣味でボルダリングをしているのですが、そこで知り合ったというのは」
うーん、ダメダメ。俺にボルダリングの知識がないもん。つっこまれたらたちまちボロが出る。
それにしても、ボルダリングが趣味なのか。どうりで体つきが引き締まってると思った。
「それじゃあさ、今どきだから、マッチングアプリとか──」
言いかけてすぐにやめた。彼女の顔に「それはなんですか?」と書いてある。
俺はちょっと面倒くさくなってきて、
「昔の同級生っていうのは?」
と投げかけた。まあ、無難なところだよな。
しかし彼女はぱっと表情を曇らせ、
「それはちょっと……」
と言って口ごもる。
そうかそうか、これから会う相手が学生の頃の知り合いか。それじゃダメだよね。
「じゃあ、友達の紹介ってことで」
これまた無難。これでいいじゃん、もっと早く思いつけばよかった。
彼女もホッとしたように頷き、かすかに微笑んだ。自然と俺の口元も緩む。
「ところでさ」
俺はつり革を離すと彼女の隣の席に座った。
「呼び名がないと不便だから、名前聞いていいかな?」
彼女は「あっ、すみません」と慌てたように言うと、
「上野ちはるです」
と頭を下げた。
「おっけー。ちはるちゃんね。俺は渋谷海斗。海斗でいいよ」
右手を差し出した。彼女は一瞬ためらい、膝の上にあった右手をそっと浮かせた。その手を俺の手が迎えにいく。ジェントルマンだからね。
はい、握手。と思ったら彼女は素早く手を離した。俺がわざとしょんぼりして見せると、彼女は「すみません」と頭を下げた。
一日限定恋人。大丈夫かな、この距離感で。