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【短編小説】捨て猫リカ 第7話
第7話
「ねえねえ、ママ。ねえってば~」
ダイニングのテーブルで宿題をしていた菜摘が、椅子をガタガタ揺らしている。
「ちょっと、床が痛むでしょ」
餃子を包んでいたわたしは手を止め、
「宿題終わったの?」
「まだだけどさ……ねえママ。理加ちゃん、どうしたんだろう?」
鉛筆をぶらぶらと弄びながら、口を尖らせている。
「どうって?」
「あれから連絡ないんでしょ。いつ遊びに来てくれるのかなあ」
菜摘の呟きに、わたしは手の中の餃子を包みながら言葉を探した。
「さあ、忙しいんじゃないかな。高校生だもの、テストだってあるし、色々あるのよ」
包みあがったものを皿に並べてからちらりと目をやると、菜摘はますます渋い顔で、
「困ったな~。みんなから、『いつユースケの写真とサイン持ってくるの?』って毎日言われてるのに。このままじゃ菜摘、嘘つきになっちゃうよ」
ぶつぶつとぼやいている。わたしは身を乗り出し、
「だから言ったでしょ。ホントにもらえるまでは、誰にも内緒にしておきなさいって」
少しきつい言い方になってしまったのは、自分自身への後ろめたさのせいだった。理加が本当はどんな子だかよくわかってもいないのに、菜摘と接触させたのは自分の責任だ。
「だってえ……」
菜摘がしょんぼりと肩を落とした。そうなると、申し訳ない気持ちでわたしも言葉をなくす。
夫が帰宅し、三人で夕飯を囲んでいても、菜摘もわたしも意気消沈したままだった。食欲もない。
「どうしたらいいかなあ……」
菜摘がため息をついた。訳を知りたがる夫に、事情をざっと説明する。
「こっちからその理加って子に連絡すれば?」
「とっくに送ったわよ。でも返事がないの」
「なんだか、いい加減な子だなあ」
餃子に箸を伸ばしながら、夫が呆れたように言う。自分が責められたようで胸が傷んだ。
「クラスの子たちも、そのうち忘れるわよ。ほとぼりが冷めるまで待ってみなさい」
菜摘に向かって慰めるように言うと、
「そんなのさ、適当に嘘ついてごまかしゃいいじゃん」
夫が面白そうに言った。
「ネットでそのアイドルのサインを買っちゃえばいいんだよ。どうせ、もらったものか買ったものかなんて、区別がつかないんだから」
それまで弱りきった表情を浮かべていた菜摘が、眉を寄せてしっかりと首を横に振る。
「そんなことできないよ。それじゃ友達を騙すことになっちゃう」
真面目な答えをひやかすように、夫がふざけた顔をする。けれども、菜摘と同じ表情をしているわたしを見て、夫が慌ててそれをひっこめた。
「菜摘の正直さは、一体誰に似たんでしょうね?」
わたしの嫌味に、
「美味いな、今日の餃子。二人とも、食わないなら全部俺が食っちゃうぞ」
夫が慌てたように話題を変え、口いっぱいにほお張った。