【短編小説】いのちのまつり 第9話(最終回)
第9話
でもね。
そんな風に考えてた自分が、今は少しだけ遠い。あたしが死んでから、時間が経ったのかな。どのくらい過ぎたのかな。
急がなくていいんだよ。焦らなくていいんだよって、やっと今、あの頃の自分に言ってあげたい。
自分らしく生きるって、あたしには難しすぎるけれど、それでも、無理することないんだ。焦らなくてもいいんだ。
だって、人は変わっていける。少しずつ強くなれる。辛かったこと、悲しかったことを強さに変えていける。
同じように苦しんでる人の気持ちをわかってあげられる。助けになれる。
まだ途中だったのに、あたしはもうこれ以上無理って、断ち切っちゃった。
でも、もうちょっとだけ生きてみたら、たとえば三十歳になったら。四十歳、五十歳になったら。もうちょっと厚かましさを身につけて、立派なオバちゃんになれたかもしれない。
昔の傷を笑い飛ばして、寂しい人、悲しんでいる人に「ほら、飴ちゃん食べな」って。
たとえ次の世代にバトンを渡せなくても、最後まで力強く生きられたらいい。
そんな風に、今なら思える。
「そういえばあたし、夢を見たの」
独り言みたいに呟いた。男の人は何も言わずに横に立ったまま、そっとあたしを見ている。
首にひもが食い込んで、意識が遠のいていった時。
ああ、こんなこと前にもあったなって思い出した。
『むつみ!』
『大丈夫か!?』
『あっ、気がついた』
小さい時、うっかり五百円玉を丸呑みしちゃって、倒れて病院に運ばれた。目を開けたとき、みんなが心配そうにあたしを覗き込んでた。
父ちゃんもいる、母ちゃんもいる、兄ちゃんたち、姉ちゃんたち、みんないる。みんなであたしを見てる。見守ってる。
あの光景。思い出すと、涙が出てくる。うれしくて。
時の流れって、残酷だな。どうしてあたしを、あのままにしておいてくれないの?
ゴメン、もう会えないね。みんなゴメンね。
あの光景、ずっと覚えておくね。写真みたいにあたしの心に焼きついてるから。宝物みたいに、ずっと大事にするから。
大事にすればよかった。あの時、もっと大事にすればよかったよ。みんなと過ごしてた時間を、もっともっと大事にすればよかった。
いつだって、チビのあたしはとろくて。大事なこと、過ぎてから気がつくんだ。
「もう行くの?」
男の人が、背筋を伸ばしたような気配がした。そろそろ時間なのかもしれない。
「ありがとう。最後に見せてくれて」
立ち上がった。夕焼け小焼けで日が暮れて、からすといっしょに帰りましょう。懐かしい歌が聞こえてくる。それを合図に、遊んでいた友達と別れて、家に帰る。
「ただいま! 母ちゃん、今日ごはんなに?」
小さなあたしが駆けていく。日本中で、世界中で。男の子も、女の子も、みんな。
あの子たちがみんな、幸せになりますように。
辛いことや悲しいことがあっても、それを乗り越えられる強さが身につくから。今日は無理でも、明日はつくかもしれないから。
今日あなたが流した涙が、星になって、いつか誰かの道しるべになるから。
断ち切らないで。信じてみて。
ひとりじゃないから。
つながっているから。ずっとずっと、つないでくれたから。
*****
この山も、川も、空も、海も。
見たことのない景色でも懐かしいのは、こんなに懐かしいのは、つないでくれた人たちが、きっと見てきた風景だから。
おかえりなさい。
そう言ってくれてる。DNAに聞こえる声で。
これまで知らなかった人たちなのに、出会ってこんなに好きになってしまうのは、これほど大切になってしまうのは。
きっと遠い昔から、つながっている人たちだから。
ただいま。
そして、ありがとう。
おわり
2011年5月に亡くなったタレント、上原美優さんのご冥福をお祈りします。