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【小説】日曜日よりの使者 第14話

   第14話

 食べ終えた食器を水につけていると、表からエンジンの音が聞こえてきた。

「おや、お元気になられたようですね」
 部屋に入ってきた使者が僕の顔を見て言った。シンクの中の皿にちらりと目をやり、

「食欲も出られたようでよかったです」
 と微笑む。僕は頭を掻いた。

「なんか、無性に肉が食べたくてさ。身体がたんぱく質を欲してるんだよね」

 使者に連れられて帰ってきたあの後、ひどい風邪をひいた。どれだけ布団にくるまっても寒くて眠れず、震えながら天井がぐるぐる回っているのを眺めていた。時間の経つのがものすごく遅い。そのくせ数日間の記憶がない。覚えているのは、使者が薬を持ってきて飲ませてくれたことだけだ。

 微熱になり、ようやく寝入ることができても、鼻水と咳のせいで何度も目が覚めた。

 一体何日間寝ていたのか、今日ようやく枕を上げることができた。と思ったら無性に腹が減って、レトルトのハンバーグをぺろりと食べ終え、他になにかないかと探していたところだった。

 運んできた食料を食品庫に納めると、使者は玄関に向かった。

「それでは、次回なにか入用なものなどございますでしょうか」
 靴を履いて振り返り、いつものように尋ねる。

「スニーカー」
 使者の目を真っ直ぐに見ながら、僕は言った。

「元の世界に帰りたい」
 あの時の言葉をもう一度伝える。

 わずかに黙ってから、使者もまた僕の目を見返した。

「わかりました」
 と言って小さく頷く。

「いいの?」
 思わず叫んだ。目を瞠る。

「帰りたいとおっしゃる方を無理にお止めすることはできません」

 使者が微笑んでそう言った。わずかに寂しそうなその顔に、僕も鼻の奥がツンとしてきた。



「ありがとう」




 本当にお世話になった。




 思えば、ここに来た時の僕はすごく弱っていたのかもしれない。逃げられるならどこでもよかった。


 でも今、こんなにも帰りたい。そんな気持ちになれたのは、ここでの生活のおかげだと思う。



「そしたらさ、準備しておくから、さっそく明日の朝、送っていってくれる?」




「それはできません」


 笑顔のままだったから、使者の言葉の意味が一瞬わからなかった。



「え、どうして」




 尋ねるまでもない。『規則ですので』とまた使者が言うのを待った。けれども彼の口から出たのは別の言葉だった。





「元の世界への帰り方を、わたくしも知らないのです」

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