虎に翼
今まで、いわゆる「朝ドラ」というものを一切見てこなかった。別に確固たるポリシーがあってのことではない。ただ単に私の生活スタイルに合わない&せっかちで一話完結ものや2時間サスペンスが好きな私にとって、15分ずつ半年続くという亀の前進レベルの速度を楽しめない自信があったからだ。
そんな私だが、4月1日からスタートした「虎に翼」を視聴している。きっかけは、X(旧Twitter)のタイムラインに流れてきたある投稿。確か「『エルピス』にハマった人は見た方がいい」というような内容だった。『エルピス-希望、あるいは災い』はフジテレビで以前放送していたドラマ。国家権力に屈するTV局とそれに抗う女性アナウンサーやスタッフが描かれていて、私はどハマりした。このドラマの影響で長澤まさみさんのことが大好きになったほどである。
期待して配信で見た。期待以上だった。主人公の父親役をエルピスに出演していた岡部たかしさんが演じているので、エルピスつながりはこれか…と思ったが、それだけではない。
主人公のモデルになっているのは、戦前に日本初の女性弁護士となった三淵嘉子さんだ。「女は早く結婚して家庭に入り子どもを産むことが何よりの幸せ」と当然のように考えられていた昭和初期、法律を学びたいと言う主人公に、女学校の教師も母親も反対する。高等教育なんて女にとって無駄でしかない。母親に至っては「あなたが行こうとしている道は地獄だ」とまで言う。ああ、当時は女性の社会進出なんて想像もできないことだったんだな…と一回納得しかけたが、果たしてそうだろうか。
大正が終わり昭和という新しい時代に入り、ほんの少し今までとは違う風を感じていたのではないか。進歩的な女性が社会に通じる扉を開けるかもしれないという微風を。ただ、前例がない、世間の目も冷ややかな中でその扉に向かうには茨の道を行かねばならぬ。前例がないだけに成功する具体的な想像はできないが、とんでもない苦難を伴うことは容易に想像できる。地獄だ。女性の社会進出といえば聞こえはいいが、自分の愛しい娘には苦しい思いをさせたくない。具体的に想像できる目の前の確実な幸せを手に入れてほしい。母親は怖かったのではないか。
それでも法律を学びたいと言う主人公に母は問う。
「本気で地獄を見る覚悟はあるの?」
こうして主人公(猪爪寅子)が本格的に法律を学び始めるところが、今日現在のドラマの現在地だが、すんなりと進むわけはない。このあとには第二次世界大戦も勃発する。ドラマを見るにあたって三淵嘉子さんについての記事をいくつか読んだが壮絶な人生だ。強い信念がなければ戦後の混乱や個人的な苦悩を越えて法の道を行けなかっただろう。女優・伊藤沙莉さんが、猪爪寅子をどう演じていくのか。毎朝8時が楽しみである。
…安心してほしい。私は決して思想の強い人間ではない、むしろ持たぬ人間だ。女性の社会進出が確かにテーマのひとつにはなっているかもしれないが、いきなり頭ごなしにフェミニズムを押し付けてくるようなドラマではない。生まれ持ったものなのか寅子の根底にある本物の多様性の目線で描かれているので、彼女の口癖「はて?」のポイントに共感できる。主題歌もオープニングも何もかも良すぎる。特に第1回のファーストカットは秀逸だった。これから始まる物語の全てを物語っていた。河原で新聞記事を凝視する寅子。視線の先にあったのは昭和21年に公布された日本国憲法第14条
【すべて国民は法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない】