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ペニー・レイン Vol.12
「ロンドン最後の夜が、こんな素敵な晩餐でうれしいわ」
グレースは、ちょっと冗談めかしてそう言い、肩をすくめた。
「お子様が相手で悪かったね」
ぼくが言うと、グレースはぷぷっと笑った。
「そんなことないわ」
そして、キムに向って、ね、とウインクした。自分の皿に七面鳥を取り分けていたキムは、あわてて思わず肉を取りこぼした。
「何やってんだよ」
ぼくがつっこむと、キムは照れと怒りの混じった顔で
「うるさいな」
と小声で言い返した。キムはなんだかとても緊張しているみたいだ。いつもよりずっとしおらしく、おとなしい。
「キムはとてもシャイなのね」
グレースの言葉に、七面鳥をほおばっていたキムは思いきりむせた。
「ところでエドワードは、いくつなの」
グレースは、そんなキムには構わず、エドに話題を移す。
「はい。十四歳です。今はパブリックスクールに通っていて、普段は寄宿舎で生活しています」
本当に、こういう瞬間にエドは大人だ、と思う。
「まあ、家族と別? さみしくない?」
「とくにそう思いません。もうそんな年じゃないし」
「しっかりしてるのね」
「いえ、家族と別の方が気が楽っていうか……」
そう言って、エドはちょっと肩をすくめた。グレースは、すっかり感心した顔をしてる。
「自立してるのねぇ。わたしの周りにもこんな男がいないかしら。もしも、あなたがもう少し年上だったら彼氏にしたいところだわ」
この言葉には、さすがのエドもびっくりしたらしく、あいづちに困った様子だ。すると、グレースはごめんごめん冗談よ、と言って笑った。グレースは、まるで大人としゃべるのと同じように、ぼくやエドやキムと話した。ぼくが、クラスメイトの「カメレオンサンディ」の様子をおもしろおかしく話すと、グレースは目に涙をためて笑って、「それはディッキーに気があるのよ」と言って、ぼくを憤慨させた。とにかく、夜がふけるまで、ぼくらはたくさんしゃべって、笑って、食べた。ぼくも、キムも、エドも、グレースも、みんな幸せな顔をしてた。
日曜日。グレースは、午前中から身支度をして、アパートの玄関を出た。来たときより、倍以上になった荷物を一旦足元に置くと、彼女はママとぼくに向き直った。
「元気でね」
ママが手を差し出すと、グレースはママをぎゅっと抱きしめた。
「あなたもね」
それから、彼女はぼくを抱きしめて言った。
「ディッキー、楽しかったわ。ありがと」
グレースは、荷物をがたごと引っ張りながら、枯葉舞う街へと消えていった。
彼女から、手紙が来たのは、それから一週間後のことだった。ママは、封を切ると、声を出して読み始めた。
『 親愛なるマーガレット、そしてディッキー
先日は、ロンドンでの楽しい日々をありがとう。あなたとディッキーと過ごした七日間は、多忙な日常を過ごす私にとって、とても心休まり、特別な時間でした。初めて訪ねたロンドンや、あなたのお店が、なつかしく感じた。不思議ね。きっと、あなたのニューヨークでの想いがつまった空間だったのかしら、と今、思い返しています。
そう思えば思うほど、あなたのお店がなくなるのは、やはりとても寂しく感じます。事情はわかっているつもり。でも、旅から帰って、ずっと心の中に、もやもやしたものが残っていました。私にできることは、何だろう、と。
そこで。これは、ひとつの提案です。
ママは、ここまで読むと、言葉を止めた。聞いていたぼくは、ママの顔を見た。
「どうしたの」
ママは、じっと目で文面を追っている。ママは、ぼくをちらりと見てから、続きを読んだ。
ディッキー、キム、エドワードの三人の演奏を、デモテープにして送ってもらえませんか。上司に聴かせてみようと思います。もしも(あくまで万が一、ですが)企画として通ったら、形になるかもしれません。もちろん、未熟な点も多いですが、特にディッキーの声には独特の魅力があると思う。なんだか耳に残って離れません。あまり過大な期待はしないでね。でも、何もしないよりは、何かひとつでも動いてみたほうがよいと思ったから。
ぜひ、一度ご検討を。
あなたの親友 グレース』
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