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ペニー・レイン Vol.13

   5

 ぼくは、手紙を握りしめ、三段跳びに階段をかけあがった。そして勢いよく、キムの家のドアをノックした。
「なんだよ」
 そろそろ寝る準備をしていたキムは、不機嫌そうに出てきた。
「見て見て! これ、グレースからの手紙」


 キムは、眉間にしわを寄せて真剣に手紙に見入っている。
「すごいアイデアでしょ?」
「ってことは、うまくいったら、うまくいったら……」
「ぼくらはデビューだよ!」
「すっげえじゃん!」
 キムは、体中に電気が走ったみたいに飛びあがった。
「でも、でも、あまり期待はしないでって書いてある」
 ぼくは、キムをなだめるように言った。
「そうだそうだ、そうだよな。だって、まだテープすら送ってないんだもんな」
「でも……ひょっとしたら、ひょっとしちゃうかもよ」
 ぼくとキムは、顔を見合わせてぐふふ、と押さえた笑いをもらした。
「おーし、こうなったら練習だぁ!」
 キムが叫んでこぶしを突き上げる。
「エドにも知らせなきゃ」
 ぼくが言うと、キムは、にやりとうなずいて、家の奥に向ってどなった。
「ちょっと出かけてくる!」
 奥からは、弟の鳴き声と、キムのお母さんの叱る声が聞こえてきた。
「何、こんな時間にどこ行くの?」
「ちょっとそこまで!」


 キムは、急いでドアを閉めると、よし、とぼくの背中を押した。
「自転車で行こう」
 ぼくとキムは、古い自転車に乗って、夜の町を駆けた。キムがこいで、ぼくが後ろにつかまった。冷たい空気が、胸に入ってくる。空はよく晴れていて、星がきらきらしていた。
「ひゃっほ~」
 自転車は坂をすべりおりる。キムは両足を思いっきり広げてカーブした。ぼくは、キムの腰にしっかりつかまりながら、きゃっきゃと声を立てて笑った。息が、ほこほこと夜空に消えていく。


 ぼくらは、エドの学校の寄宿舎まで来た。寄宿舎の窓は、ほとんど規則正しく明かりがついている。
「エドの部屋、どこだろう」
「たしか、305とか言ってたぜ」
 ぼくらは、三階の左から五番目の窓の下へ行った。そして、足元から小石を拾うと、窓に向って軽く投げた。しばらくして、窓が空いて、中から人影が現れた。いつか、ぼくらをからかった太ったボスだ。
「げげっ、マジかよ」
 ぼくとキムは、反射的にしげみに身を隠した。
「右から五番目じゃないの」
 ぼくは、かじかむ手に息を吹きかけながら言った。右から五番目の窓に向って、石を投げると、今度は、いつかことづけをした秀才くんが顔を出した。秀才くんは、きょろきょろ下を見ている。
「……おかしいなあ」
 キムがそう言って首をひねった。こうなったら二度目のことづけか。ぼくは、しげみから出ると、秀才くんに向って言った。
「こんばんは! エドの部屋、知らない」
 秀才くんは、驚いた顔をして言った。
「君はいつかの……。彼、今ぼくのルームメイトなんだ。ちょっと待って、呼んでくる」


 秀才くんが顔をひっこめてしばらくしてから、エドが顔を出した。
「お前ら、どうしたんだよ! こんな時間に」
 ぼくとキムは、飛び跳ねながらばんざいして、大きく手を振った。
「手紙が来たの! グレースから」
「おれたちの演奏をテープで送って欲しい、って!」
「ひょっとしたら、デビューかもよ!」
 ぼくとキムは、興奮して交互に叫んだ。
「何だってぇ?」
 エドは、今までぼくが見た中で一番、くずれた顔をした。そして、慌てて身をひるがえすと、外に走り出てきた。エドは手紙に目を通しつつ、ぼくらの話しを聞き、腕を組んで、ふーむ、とうなった。そして、あごに手を当ててぼくとキムを交互に見ると、こう言った。
「よし、じゃあ、今週末は合宿だ」


 デモテープ作りのための、音楽合宿計画が動き出した。エドに言わせれば、集中的な練習が必要だと言う。ママの店には、週末は客が入る。店での長時間の練習は無理だ。どこでやるか、ということで、エドが自宅の地下室を提案してくれた。
「地下室なんて、あるのかよぉ?」
 キムが、目を見開いて聞き返すと、エドは、まあ、そうたいしたもんじゃないけど、と頭をかいた。
「全面コンクリートだから音響も悪くないと思うよ」
「じゃあ、録音もそこでやろうぜ」
 キムがぱちんと指をならした。エドの家には録音用のカセットデッキもあるという。一番の問題は、ドラムをどうやって運ぶか、ということだ。店から、エドの自宅までは、車で十五分ぐらいかかる。自分たちの足で運んでいては、時間も労力もかかりすぎる。これには、うれしいことにニッキ―おやじが手伝いを申し出てくれた。
「何、おれの会社の車で運べば、ちょろいもんさ」


 そんなわけで、週末、エドの自宅には店のドラムセットとマイクが運び込まれ、地下室で合宿とデモテープ録音ということになった。
 エドの家は、郊外の高級住宅地にあった。白い壁の二階建ての家で、庭には花が咲き、美しく手入れされていた。ぼくらが、インターホンを押すと、上品でやさしい感じのお母さんが顔を出し、ぼくらを快く迎え入れてくれた。地下室は、外の半地下の扉から入る。壁はコンクリートの打ちっぱなしになっていて、中には大工道具や木材が置いてあった。
「昔、父さんが日曜大工をやってたんだけど、今はほとんど使ってないんだ」
 エドは、ドラムを置く場所をせっせとほうきではきながら言った。
「お父さんは、何をしているの」
 ぼくが聞くと、エドは顔をあげずに答えた。
「医者だよ」
 なるほど。地下室つき、二階の広い一戸建て。ガーデニングが得意な母に、日曜大工が趣味の医者の父。なんて、理想的な家庭なんだろう。まるで絵に描いたようだ。エドの育ちのよさは、こういうところからくるんだな、とつくづく納得してしまった。

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