となりがるーむめいと・12
「……みろよ黒澤、カゲヤマ無邪気な顔して眠ってる……。」
一連の報告を受け別室から戻った矢島と黒澤は、リビングのソファーでクッションを抱え、
いつの間にかうたた寝しているカゲヤマを見つけて思わず顔を見合わせ、
「ラッコみたいだな」
と微笑んだ。
「でも、頬に涙の跡がありますよ、若。」
黒澤がそう後ろから話し掛けると、
「ほんとだ、……何か夢でも見てるのかな?」
不思議そうに覗き込んだ。
不意に前髪からのぞいたおでこの傷を見ると胸が苦しくなり、矢島は思わず右手を伸ばし彼女の前髪を整えた。
「それが例の傷ですか?、若を庇った時の。」
ブランケットを持ってきて、彼女に優しく掛けながら、矢島は穏やかに、
「ああ、だからオレは彼女に命を救って貰ったんだ。
だから今度はオレが、……守る。」
「彼女、若を身を呈して庇って、床に跳ね返って割れた会長壷の破片で怪我をされたと伺ってますが……、
なるほど、それでなんですよね。」
「何が?」
意味深な微笑みを浮かべながら黒澤が言った言葉に、矢島は怪訝そうにそう尋ねた。
黒澤はさらに笑いながら、
「会長が会社中の私物の壷コレクション、さっさと撤去しろって若が詰め寄って来たって慌てふためいて。
めったに会いに来ないから何かと思って楽しみにしてたのにって、しょんぼりしてましたよ。」
「壷に保険かけといてよかったって、呑気に会長が小躍りしてたって情報が入ってたからな。
ふざけんなってんだ、人が死にかかったんだぞ。
カゲヤマの傷も消えないのにさ、……だからイラっとしたんだ。
大体会社に私物おくなっての!、無駄に高い位置にあったからオレの頭直撃コースだったんだぞ。」
確かに矢島は壷にはかなりアタマにきたようで、
あの日命からがらドアを蹴破って書庫から飛び出した後、流石の矢島も気が動転したのか彼女を背負ったまま開口一番、
「どいつだ、棚の壷、あの位置に置きやがったのは!、でてきやがれ!!」
と、凄い剣幕で怒鳴ってしまった話は社内でも有名である。
その後はすぐ我に返って被災した自己を省みずそのまま最寄りの病院へカゲヤマを猛スピードでおんぶで運び、周囲をあっと言わせた。
黒澤は、クールな矢島をそこまで動かすカゲヤマの存在には以前から興味を持ってはいて、見かけると彼女に近づいて声をかけていた。
派手さはないが彼女が控えめで、芯が強く、思いやりの深い子であることも知っている
…実は人事決定時に彼女を課に導いたのは黒澤で、矢島より先に彼女の存在と魅力をすでに知っていたからだ。
海外出張が多いために、なかなか目が届かす、今回のように部署内で彼女がひどい目に遭っていたことは心から済まなく思う。
……しかし、改めてこうして二人の姿を目の当たりにすると、お互い無意識の内に強固な結び付きを作っているようだ。
また、震災の際に矢島の怒りは収まらず、
他の場所は耐震対策がしっかりしていたのであまり被害は出ずに済んだが、
書庫はずさんだった為この様な惨事になったことを厳しく会長に直接追及した話は、黒澤の耳にも即届いた。