となりがるーむめいと 8
そっと、インターホンのモニターを覗き込んだが、誰の姿もなく、ただ、たどり着いた玄関のドアの向こうには確かに何者かの気配を感じる。
そして、鍵穴を何かで探る音が……。
………誰かがこの部屋に侵入しようとしている。
危険を感じた矢島は、小声で背後で脅えているカゲヤマに、
「カゲヤマ、オマエ、何が起こるかわかんないから、下がってろ!」
そう声をかけた瞬間、既に扉はかるーく開き、
「夜分に、すみません、若。
……確かにこれはいけませんね、針金一本で事足りる。」
針金を目の前でぷらぷらさせながら、至ってフツーに挨拶をしながら、青年が一人、爽やかな表情で顔を覗かせた。
「なっ、なんだこんな時間にいきなり黒澤?。
フツーに登場しろよ!、しかも何の用?」
「し、室長?」
力が抜けて床にしゃがみこんだ二人が驚愕していると、
「いや、先程若から事件のメールを頂戴しまして、取り急ぎの調査結果が出ましたので報告と課からのお詫び、
また、カゲヤマ君にお返しするものがあるのと、お詫びついでに鍵ってどれくらい脆弱なのか隣室の若の玄関で試してみましたが、
……何か?。」
「何かじゃないよ、しかも突然!」
「突然とは失礼な、決して邪魔しに来たわけではありませんよ。大体さっきのメールをちゃんと見ましたか?、最後の行に今から伺いますって、
……あ、改行20行位打ったから、わかりにくかったかな?」
「アンタ……ワザとやったな?」
「とんでもない、若(笑)」
真夜中にダークスーツを着こなし颯爽と現れた彼は、
秘書課の陰のトップで、大体会長室付きの為なかなか課自体に顔を出すことがないが、
入社のきっかけをつくってくれたり、よく仕事の関係で声をかけて貰っていたので、カゲヤマも存在はよく知っていた。
矢島より幾つか年上で、まだ若いが、会社内でも注目を受けてる人物だ。
秘書課のみでなく紳士的で憧れている人も多い室長が、
矢島んちをどろぼーさんみたいにピッキング……、
雲の上の人ような室長がにこやかに楽しそうにピッキング……、
訳がわからずカゲヤマが目を白黒させてると、見透かしたように、
「カゲヤマくん、なんでピッキングなんかできるの?って、今ひいてますね。」
と、
笑いながら爽やかに彼女に語りかけてきたので、思わず正直に頷くと、
「秘書もキャリアによって重要な書類を預かるようになるからね、
兎に角情報が漏れないように鍵をかけまくるんですけど、僕、忙しいのでよく鍵無くすんですよ。
それで自然と身について……。」
「こら、笑いながら話す内容かよ。
アンタに預ける意味ないじゃん。
秘書課、大丈夫か……?。」
照れながらにこやかにカゲヤマに話す室長に、背後から被せるように矢島は苦い表情で吐き捨てた。
「ところで黒澤、報告は今から聞くけど、カゲヤマに返したいものと、彼女にお詫びって何なの?」
しゃがみ込んだままだったカゲヤマに手を貸しながら、矢島が黒澤に尋ねると、
「そうですね、後で彼女ともお話したいのですが……」
「疲れてるから手短にしてやって」
不機嫌な矢島が黒澤にそう呟くと、肩をすくめながら、
「ハイハイ、長居はしませんから。」
苦笑しながらブリーフケースを探り、一通の封筒を彼女に差し出した。
辞表と書いてあり、矢島が驚いて彼女の顔を見ると、カゲヤマは思い詰めた表情でその白い封筒を眺めていた。
「……これ、課長から奪回してきました。
ある程度の事情は伺いましたが、僕はこれは君のせいでなく恐らくうちの課の責任ですから受け取れないと判断し、人事にお伝えをします。
辛い思いをさせましたね……、あなたは落ち着くまで総務にお預けしただけです、いずれ秘書課に戻って頂きたい。
それと、土日戻られる予定だったようですが、実家に戻るのは今回の件がはっきりしないうちは目立った動きをしない方がいいです。
土日以降解決しなければ、暫く有給をとって貰っても構いません、ほとんど消化させて貰ってないようですし。
恐らく内部の犯行と思われますので、無駄に広い若の部屋で暫くお過ごしになられたら……。」
「黒澤!、そのつもり。無駄にってどういう意味だよ」
「……こちらにいらっしゃる際、何か不自由や困ったことがありましたら、僕にも連絡を下さい。直ぐに参りますから。」
「何の不自由だよ!、カゲヤマ、ちょっと話をしてくるから、眠かったら寝てていいよ。
話が終わったら声掛けるから、ゆっくり休めよ。」
矢島が優しい顔で彼女を気遣いながらも、黒澤の首根っこを掴んで別室へ消えた。
カゲヤマは矢島の温かさに触れ、また一筋涙を流した後、手元の辞表を見つめ、この頃の苦しい出来事達を思い返していた。
この土日、実家に戻って、全てを終わらせようと彼女は思っていたから……。