となりがるーむめいと・18
矢島の父は、もともと現在彼が勤めている会社の建築関連部署の優秀な設計者だった。
彼が今住んでいるマンションも、実は彼の父・タカヒロの設計で、彼の部屋も彼の父の功績を讃えて、元々はゲストルームの部分の一つを彼らの家族に会社より与えられていたのだ。
そのせいか、この父の遺した作品に深い愛着を感じ、再婚した母親について行く気にもならず、そのまま高校生の頃から独り残ってしまい、現在へ至る。
………父を亡くした日は、春の泣きたいくらい月のきれいな夜だった。
「気丈な坊ちゃんだこと、えらいわ」
「ほんとにお父さんに似て、哀しいくらいしっかりしてらっしゃる」
そんな声を背にしながら、矢島は斎場に参列に来る大人たちの中をすり抜けて、いつの間にか一人、自宅マンションに戻り、ぼんやりと月明かりだけの父の部屋に佇んでいた。
ふっと目を見やると、いつも窓辺のその椅子に深く腰掛けながら本を読んでいた父の残像が、月明かりの下一瞬見えた気がして、
「父さん!」と、
思わず声を掛けそうになり、言葉を飲み込んだ。
更に深い静寂が、矢島を淋しく包む。
現場での落盤事故で部下の従業員を庇った最愛の夫を亡くして深い悲しみにくれている母の前では泣けず、自分の悲しみを必死にこらえていた矢島を真っ先に気にかけてくれたのは、父の部下の、まだ秘書になりたての黒澤だった。
「……坊ちゃん、やっぱりここだったんですね」
背後のドアがゆっくり開くと、黒澤が穏やかな微笑みを浮かべていた。
元々黒澤の父も矢島の父の部下であり、幼い頃からよく面倒をみてくれた近い存在だったが、今日は少しでも気が緩むと、泣き出してしまいそうで矢島は返事ができずにいた。
「……坊ちゃん、屋上で、お父様が好きだった、月をみませんか?」