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『デジタル・ゴースト』

第1章: グリッチ

真夜中の渋谷。ネオンに彩られた街並みが、突如として歪んだ。 建物が溶け、看板が融解し、人々の姿が歪むデジタルノイズに飲み込まれていく。 その異変に気づいたのは、17歳の高校生・綾瀬ナオミだけだった。

「なに...これ...」

ナオミは目を疑った。周囲の人々は何事もなかったかのように歩き続けている。 しかし、彼女の目には明らかに世界が崩壊していく様子が映っていた。

スマートフォンを取り出し、カメラを起動する。 画面に映し出されたのは、普段通りの渋谷の姿。 現実との乖離に戸惑いながら、ナオミは思わずシャッターを切った。

カシャッ。

その瞬間、世界が元に戻った。 ネオンの光、人々の姿、すべてが通常の状態に。 ナオミは動揺を隠せず、周囲を見回した。

「気のせい...?」

そう思いたかった。だが、スマートフォンに保存された1枚の写真が、その希望を打ち砕いた。 画面には、歪んだ渋谷の風景が鮮明に映し出されていたのだ。

第2章: デジタル・ダイブ

その日以来、ナオミの日常は一変した。 街中を歩けば、時折世界が歪む。 テレビを見れば、画面の向こうから異形の存在が這い出てくる。 スマートフォンの画面からは、得体の知れない音声が漏れ出す。

誰にも相談できない。両親は仕事人間で、友人たちは自分の人生に夢中だ。 精神科医に行けば、統合失調症と診断されるだけだろう。

「これが現実なら、私は正気を失ったってこと?」

疑問を抱えたまま、ナオミは放課後、いつもの道を歩いていた。 そのとき、彼女の前に見知らぬ少年が現れた。

「君も、見えてるんだね」

少年はナオミを見つめ、そう言った。 「私にも...見えてるの?」 「ああ。僕たちは『グリッチャー』だ。現実のバグを知覚できる存在さ」

ナオミは困惑した表情を浮かべる。 「グリッチャー...?バグ...?」

少年は微笑んだ。 「詳しく説明しよう。僕の名前は鈴木ケイ。君と同じ高校の2年生だ」

ケイの説明によれば、世界は巨大なシミュレーションプログラムだという。 そして、一部の人間には、そのプログラムの欠陥=グリッチを認識する能力が備わっているのだと。

「信じられない...」 「でも、君は自分の目で見たはずだ。世界の歪みを」

ナオミは黙り込んだ。確かに、彼の言葉は荒唐無稽に聞こえる。 しかし、自分が体験した異常を説明できる唯一の理論でもあった。

「で、私たちに何ができるの?」 「グリッチを利用して、このシミュレーションの真実に迫ることさ」

ケイはそう言って、ナオミに手を差し伸べた。 「一緒に来ないか?デジタルの海に潜って、この世界の秘密を暴こう」

躊躇いながらも、ナオミはその手を取った。

第3章: アンダーグラウンド

ケイに導かれ、ナオミは渋谷の雑踏をかき分けるように歩いていった。 人混みの中、二人の姿だけがノイズのように揺らいでいる。 やがて、彼らは誰も気づかない路地裏に辿り着いた。

「ここだ」

ケイが指さした先には、古びた扉があった。 扉には「立入禁止」の文字。しかし、よく見ると文字が歪んでいる。

「グリッチャーにしか見えない入り口さ」

ケイが扉を開けると、そこには想像もしなかった光景が広がっていた。 無数の配線が走る、巨大なサーバールームのような空間。 天井まで届く巨大なモニターには、様々な情報が流れている。

「ここが、僕たちの秘密基地。『アンダーグラウンド』だ」

室内には10人ほどの若者たちがいた。全員がグリッチャーだという。 彼らは口々にナオミに話しかけてきた。

「新しい仲間か」 「よく来たね、グリッチの世界へ」 「君の力が必要なんだ」

ナオミは圧倒されながらも、この非日常的な空間に不思議と安堵感を覚えた。 初めて、自分を理解してくれる人たちに出会えた気がしたのだ。

「で、具体的に何をするの?」

ナオミの問いかけに、ケイが答えた。 「このシミュレーションを作った存在、『プログラマー』を見つけ出すんだ」

「プログラマー...」 「そう、僕たちの世界を創造し、支配している存在さ」

ケイはモニターに映し出された複雑な図形を指差した。 「これは、シミュレーションのソースコードを解析した結果だ。どうやら、プログラマーは現実世界にも介入できるらしい」

「じゃあ、神みたいな存在ってこと?」 「そうとも言えるね。でも、絶対的な存在じゃない。グリッチが発生するってことは、完璧じゃないってことだからね」

ナオミは考え込んだ。もし本当にこの世界がシミュレーションだとしたら、自分たちの人生や思い出、すべてが偽物ということになる。 その考えは、彼女を恐怖で震えさせた。

「怖いの...?」

ケイがナオミの肩に手を置いた。 「大丈夫。僕たちがいるから。それに、真実を知ることで、新たな可能性が開けるんだ」

ナオミは深呼吸をして、決意を固めた。 「分かったわ。協力する」

その瞬間、アンダーグラウンド全体がノイズに包まれた。 「来たか...!」 ケイの声が響く。 「プログラマーが、僕たちの存在に気付いたみたいだ」

第4章: デジタル・ウォーズ

それから数週間、ナオミはグリッチャーとしての訓練に励んだ。 グリッチを意図的に引き起こす方法、デジタル空間を自在に操る技術...。 彼女の能力は日に日に向上していった。

しかし同時に、現実世界での生活は徐々に歪んでいった。 授業中、黒板の文字が意味不明な記号に変わる。 友人との会話が、突如として別の言語に聞こえる。 家族の顔が、一瞬だけピクセル化する。

ナオミは必死に日常を装おうとした。だが、彼女の異変に気づく者も現れ始めた。

「綾瀬、最近どうかしてるわよ」 親友の美咲がそう言った。

「え...?何が?」 「あなた、よく虚空を見つめてるし、独り言も多いわ。それに、スマホをいじる度に体が震えてる」

ナオミは焦った。気づかれていたのか。 「気のせいよ。ちょっと夜更かしが続いてるだけ」

その言葉に、美咲は半信半疑の表情を浮かべた。

一方、アンダーグラウンドでの活動は佳境を迎えていた。 プログラマーの痕跡を追い、グリッチャーたちは様々な仮説を立てては検証を繰り返した。

「こいつは...」

ある日、ケイが興奮した様子でナオミを呼んだ。 「プログラマーの居場所が特定できたかもしれない」

モニターには、複雑な数式と座標が表示されている。 「これが正しければ、プログラマーは現実世界に存在している。それも、僕たちのすぐ近くにね」

ナオミは息を呑んだ。 「じゃあ、会えるってこと...?」

「ああ。でも、簡単にはいかないだろうね」

その言葉通り、プログラマーとの対決は想像を絶するものだった。 街中至る所でグリッチが発生。建物が消失し、道路が歪み、空が真っ赤に染まる。 そんな中、グリッチャーたちは必死にプログラマーの居場所へと向かった。

「来るな」

空から響く声。まるで神の言葉のようだ。 「お前たちの存在自体が、このシミュレーションにとって脅威だ」

ケイが叫ぶ。 「なぜだ!僕たちにも知る権利がある!」

「知ることで、お前たちは消滅する」

その瞬間、ナオミの周囲の仲間たちが、一人、また一人と消えていく。 「みんな...!」

恐怖に震えながらも、ナオミは前に進んだ。 そこには、一人の老人が立っていた。

「お前が...プログラマー?」

老人はうなずいた。 「すべては実験だった。人類の可能性を試すための」

「実験...?」

「そうだ。お前たちの世界は、遥か未来の人類が作り出した仮想現実なのだ。そして、その中で生まれたお前たち...グリッチャーこそが、次の段階への鍵なのだ」

ナオミは困惑した。 「次の段階...?」

「現実とバーチャルの境界を超えること。お前たちはその可能性を示してくれた」

老人は微笑んだ。 「さあ、選べ。このシミュレーションの中で生き続けるか、それとも...」

第5章: リアリティ・シフト

ナオミの頭の中で、様々な思いが渦巻いた。 家族、友人、そして...ケイ。 このシミュレーションを出れば、すべてを失うことになる。

しかし、彼女の中にある好奇心は、未知の世界への扉を開くことを強く求めていた。

「私は...」

ナオミが言葉を発する前に、突如として世界が歪み始めた。 建物が溶け、空が割れ、地面が波打つ。

「何が起きてるの!?」

老人...プログラマーが慌てた様子で叫ぶ。 「まさか、シミュレーションが崩壊し始めているのか...!」

ナオミは混乱の中、必死に周囲を見回した。 そこには、消えたはずのケイの姿があった。

「ナオミ!こっちだ!」

ケイが手を差し伸べる。 迷いながらも、ナオミはその手を掴んだ。

瞬間、世界が真っ白に染まった。

...

...

...

目を開けると、そこは見知らぬ場所だった。 無機質な白い部屋。体中に配線が繋がれている。

「ここが...現実世界...?」

ナオミの隣には、ケイが横たわっていた。 彼も同じように目を覚ましつつある。

部屋の扉が開き、白衣を着た人々が入ってきた。

「実験成功です。被験者たちが現実世界に帰還しました」

その言葉を聞き、ナオミは全てを理解した。 彼女たちは、未来の人類が行った壮大な実験の被験者だったのだ。

「おめでとう」

老科学者が二人に語りかける。 「君たちは、バーチャルとリアルの壁を越えた最初の人類だ」

ナオミはまだ現実感が掴めないまま、ケイの手を握りしめた。

「これからどうなるの...?」

科学者は微笑んだ。 「それは、君たち次第だ。新たな世界が、君たちを待っている」

ナオミとケイは顔を見合わせた。 恐怖と期待が入り混じる中、二人は新たな現実へと一歩を踏み出す準備を始めた。

これは終わりではなく、真の人生の始まりだった。


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