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喧嘩/ショートケーキを許す/日常の言語化/「あなたを尊敬している」

12/1(日)喧嘩

わたしたち夫婦は喧嘩をしたことがない。これは、結婚式のプロフィールムービーにも書いたくらい、わたしたちにとっての自慢だ。

ふたりともひとり暮らしが長かったせいかおたがいに(悪い意味で)寄りかかる必要がないこと、ふたりとも感情に任せて言葉を発しないこと、実家との距離感や家族というものに対する価値観が似ていること、そもそもふたりが「喧嘩なんてしないほうがよくない?」と思っているなど、わたしたちが喧嘩をしない理由はさまざまあると思うけれど、実際のところ夫の寛容さに救われている部分も大きい。わたしが一方的に(それも夫に対してではなく仕事やホルモンバランスなどで)不機嫌になっても程よい距離感を保って収まるのを待ってくれている夫は、本当にすごい。

よく喧嘩するほど仲が良いと言われるけれど、それを言っているのは決まって日常的に喧嘩をする人たちだ。喧嘩をすることが悪いことだとは決して思わないけれど、喧嘩しないほど仲が良い夫婦やカップルがいたっていい。「いざ言い合いになったら爆発しちゃうんじゃない?やばそう」には、「ここまでおたがいを傷つけることなく思いやりながら仲良く一緒に過ごしてきたふたりが、一度や二度の喧嘩でどうにかなるわけがなくない?」と返すんだ。


12/4(水)ショートケーキを許す

森岡督行さんの『ショートケーキを許す』を読み終える。ショートケーキに対する愛がこれでもかというくらい溢れている本だった。

わたしは小さいころ、ショートケーキが嫌いだった。一口目は美味しいのに二口目からは口のなかが甘ったるくなり、半分くらい食べ進めると胃がムカムカしてくる生クリームがどうも苦手で、誕生日にはチョコケーキやアイスケーキを買ってもらっていた。

そんなわたしは今、ひとりで喫茶店に入り、ショートケーキとブラックコーヒーをセットに読書を楽しめるようになった。大学生になるまでブラックコーヒーも飲めなかったのに、人の味覚というのは不思議なものだとつくづく思う。

本来なら家でゴロゴロしているはずだった休日にカフェに出向き、ショートケーキの魅力がふんだんに詰まったエッセイ集を読みながらショートケーキが運ばれるのを待つ。読みながらまた別のショートケーキに心惹かれ、忘れないようにとGoogleマップにピンをする。行きたいお店、食べたいケーキが尽きないのは幸せだ。今なら、1切れのケーキに1000円だって出せる。

わたしにとっての「ショートケーキを許す」は、「大人になった」と同義かもしれない。


12/6(金)日常の言語化

わたしの日常や夫との会話はもっと面白いはずなのに、どうしてこうも伝わらないのだろうと、自分の文章力を情けなく思うことが多々ある。人の日記を見て「どうして日常をこうも面白く書けるのか」と日々思っている。


12/22(日)「あなたを尊敬している」

大学時代の友人とお茶をした。彼女は「あなたのこういうところを本当に尊敬している」と何も臆せず口に出せる人で、わたしは彼女のそういう部分を心から尊敬している。

人に向き合うとき、どうしても(わたしの場合は)どこかで羨ましいという感情が出てきてしまうし、「えー!すごいね」「わたしには無理だ……」という言葉は言えたとしても、ド直球に「尊敬」という言葉に変換して100%の純度でそのまま相手に伝えるのは意外と難しいように思う。でも彼女の場合はいとも簡単に(ではないかもしれないけれど)それを成し遂げてしまうので、いつも面食らうと同時に心がものすごく温かくなる。そんな彼女が友だちでいてくれることがうれしくなる。

彼女の前では、わたしも自然と素直になれる。普段であれば見栄を張ってしまったり偽ってしまったりする自分の感情を素直に言語化することができて、きっとわたしは彼女と定期的に会っているからこそ穏やかに、自分を好きでいられるのだと思う。そんなに褒める?と照れくさくなることも多いけれど、彼女との時間はわたしにとってはものすごく大切な時間だ。彼女(だけでなく仲良くしてくれるすべての友だち)にとっても自分がそうであるために、いいと思ったことは素直に口にしていきたい。

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愛
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