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『展覧会 岡本太郎』②
前回の記事では、私が本展覧会を実際に鑑賞するまでの事前知識や、展覧会鑑賞に対する意気込みなどをお伝えしました。
後半となる今回は、特に印象に残った作品と、展覧会全体についての感想を記録したいと思います。
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まずはこちら。現在は、名古屋栄三越となっている建物が、「ORIENTAL NAKAMURA」だった頃の壁画です。
生粋の名古屋っ子である私ですが、これはさすがに生まれる前、知りませんでした。
なんと美しい…
名古屋栄三越になる際、この壁画が残されなかったことが本当に残念です。
美しさと華やかさだけでなく、強さ、そして調和を感じられ、「百貨店」という存在を体現する作品だと感じます。
栄は馴染み深く愛着のある街ですが、近年はだいぶ雰囲気が変わってきていることも事実です。
美しく華のある街であってほしいと強く願っています。
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《露店》は、戦災で焼失したものを、岡本太郎本人が1949年に再製作した作品です。
店の手前側には、華やいだ祭りの灯りや賑わいがあるであろうことが感じられる一方で、
鎮まりかえった露店の内側には、祭りの賑わいなど目にも入らぬような少女の姿があります。
内省的だけれども、赤いリボンは鮮やかで生命力を感じ、存在感を示している。
そして、一心に笛を吹く姿には強い意思も。
とにかく心を掴まれて、ずっとずっとこの絵を眺めていました。
会期中に、もう一度会いに行きたいです。
続いては、パリで出版された画集の中から大きくプリントされた《夏の夜》。
《露店》でも感じたことですが、とにかく美しい。なんという叙情性。なんという繊細さ。それでいて、確固たる生命力も感じる。
私の知らなかった岡本太郎の一面を知りました。
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《憂鬱》から翌年の《作家》までの進化はすごいです。
内に秘められていた情熱や生命力が、1948年頃から一気に花開き、力強くこちらに迫ってくる「命の力」に圧倒されます。
この進化の過程を感じられたことだけでも、本展覧会を鑑賞した意義がありました。
岡本太郎は、戦時色が濃くなる1940年に帰国、中国の最前戦で4年間に及ぶ過酷な軍務と収容所生活を送ったそうです。
1946年に復員した際には、自宅もパリ時代の作品も全て焼失していたとのこと。そこから立ち上がる彼の精神に思いを馳せて、
初めて、作品から感じる「命の力」の源を少しだけ知った思いがしました。
私、このあたりを鑑賞中に、ひっそりと涙しておりました…
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展覧会は、《雷人》で締めくくられていました。
未完とはいえ、85歳で亡くなる間際まで、その情熱と制作への意欲は、全く衰えていなかったのだと感じます。完成を観てみたかったなぁ。
そして印象深かった言葉があります。
《疾走する眼》のキャプションにあった岡本太郎の言葉、
「眼は存在が宇宙と合体する穴だ」。
その通りだと、はっとしました。
全体を通し、岡本太郎の画業を、背景にある彼の人生とともに辿ることができる見応え十分の素晴らしい展示だったと思います。
岡本太郎本人は芸術について、「綺麗であってはいけない。上手くあってはいけない。」というようなことを言っていたようですが、
私はどれもとても美しいと思いました。
高い技術に裏打ちされていて、自由で、命の力が迸りながらも洗練もされていて、「きらめき」を感じました。
もっと岡本太郎を知りたくなり、帰りにはグッズではなく、書籍を買い求めました。
その感想は、またいつか記事にしたいとおもいます。