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気がつけば2024年幕開け

この見事な富士山は、大阪帰りの新幹線の窓から撮りました。
この日もいい天気でした。
2023年12月29日〜2024年1月9日まで私は単身で大阪に行っていました。
大阪単身赴任中の旦那の家に身を寄せて、旦那の兄夫婦に私の新たな病気について話し、旦那の母の面会に行く事が今回のミッションだった。
子供達は既に成人しているから今回は子供達は自宅で年越し。

ある意味実母が亡くなったせいで心配事は半減して、身軽になった私。
ただその分病気が追加された。
しかも難病。

死にはしないが治りもしない病。

いや、ある意味将来の死因の一端になり得るかもしれないけど、今のところ問題はない。

年末のきわきわに大阪へ移動したけど、
1ヶ月前に新幹線予約しておいて良かったよ。
杖でヨロヨロ歩く私には早めに予約して、
早めに新横浜駅に移動して、新幹線に乗り込むの待機。
この寒い時期に横浜から大阪に移動するのは、横浜に引っ越して以来あまりしてない。
なぜなら一度年末に帰省して、京都で大雪にぶち当たり高速道路のSAに翌朝まで缶詰になって横浜↔︎大阪間が20時間掛かって、それに懲りて冬は移動しないと家族で心に誓ったからだ。

去年は初めてその誓いを破り、新車にチェーンを積んで帰省した。

今回は私が一人で大阪帰省。

年末初めて旦那の暮らすマンションで過ごし、
近所に大型スーパーが少なくて、ちょっと年末年始の買い出しにびびりながら過ごした。

年明け1月2日、第1予定の義理兄夫婦との面会。
午後からゆっくり移動して、住吉大社で初詣して(ここで初めて阪堺電車に乗った)、旦那の実家に向かった。

義兄と、親戚たちは、この空き家になった実家に住めばいいとずっと言っている。
義兄も、親戚たちも、私の病は知らないし、
私が実母の介護で移動できないのを知っていても、そこまで頭が回ってなかったから、
気楽に実家に住めばいいと言っているんだろうと思っていた。

久々の義理兄夫婦と、なぜかついて来ていた義理兄夫婦の長女と久々の対面となった。

そこで、私の病気が新しく見つかった事。
それが難病だった事。そして、難病指定が通過して、しばらく治療に専念する事を伝えた。

話している時、少し義姉の表情がこわばったのは気になったけど、どうやら分かってもらえた。義理兄夫婦は良い人なのだ。
でもいかんせん、超理系夫婦の為、理路整然と物事をちゃんと伝えないといけない。
そこが少し怖いところだったけど、分かってもらえて、よかった。

それからその週末、旦那のお母さん(姑)に面会へ。
義母は随分前にサービス付き高齢者住宅に住んでいる。
今は寝たきりで、去年の今頃は「胃ろうにするか決断のとき」迎え、危篤に近い状態で慌てて家族で帰省して面会したら、奇跡的な回復を迎え、去年のゴールデンウィークには元気に会話が出来るようになっていた。

面会に行くとちょうど遅いお昼ご飯を介護士さんに食べさせてもらっていた。

なかなか喋らないけど、トロトロの介護食をゆっくり頬張っていた。
良かった。顔色が良いし、介護士さんとやりとりもしっかりとうなづく。
去年の夏ぶりだけど、しっかりとした握力で手も握ってくれる。

帰ろうとして旦那が握られた手を離そうとしてもなかなか手を離してくれないと旦那も後ろ髪引かれる思いだったそうだ。

とりあえず2つのミッションをクリアして、私は9日帰って来た。

今年は、こんな感じでたまに大阪に行くかもです。
お義母さんに面会行かなくちゃね。会える時に会わなきゃ。

そんな大阪帰省から横浜に帰って来て、私の平常運転が始まりました。
早速の通院もスタートして、とりあえず眼科は異常なしでした。
今年もゆるゆると生活出来ますように。

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