
SWE-Lancer: AIはフリーランスのソフトウェアエンジニアとして通用するのか?
OpenAIの新たなベンチマークで、主要なLLMがフリーランスのソフトウェア案件にどれだけ対応できるかが試されました。
人間の働き手を置き換えられるのか?
AIの労働力における役割について議論が続く中、1つ大きな疑問が浮かび上がっています。それは、「AIモデルは、熟練が必要とされる仕事で本当に人間の代替となるのか?」というものです。
この問いに答えるべく、OpenAIの研究者たちは新たなベンチマーク「SWE-Lancer」を開発しました。これは、大規模言語モデル(LLM)が現実世界のフリーランスのソフトウェアエンジニアリングタスクをこなせるかどうかを検証するものです。
SWE-Lancer: 現実世界の仕事をベースにしたベンチマーク
SWE-Lancerを作るにあたり、研究者たちはUpwork上に掲載されていた実際のソフトウェアエンジニアリング案件1,488件を収集しました。これらの案件には、50ドルのバグ修正から32,000ドルの新機能実装まで含まれ、合計で100万ドル(約1億円)相当の価値があります。
これらのタスクは、大きく2つのカテゴリに分けられます。
コーディングタスク
ソフトウェア上の問題に対して動作するソリューションを生成する必要がある。
技術的な意思決定タスク
複数のフリーランサーから寄せられた提案を比較し、最適な提案を選ぶソフトウェアエンジニアリング・マネージャーの役割を担う。
これら1,488件のタスクの総報酬額は100万ドルに上り、SWE-LancerはLLMが達成できる「技術的正確性」だけでなく「経済的実現可能性」も測るベンチマークとなっています。
結果は?
最も高いパフォーマンスを示したモデルは、Anthropic社のClaude 3.5 Sonnetで、可能報酬額100万ドルのうち40万3000ドルを稼ぎ出しました。つまり、既にLLMはソフトウェアエンジニアリング業務の大部分を担える一方、最も複雑な作業にはまだ人間の専門知識が必要であることを示しています。
ソース: https://arxiv.org/pdf/2502.12115
SWE-Lancerとは? 現実の仕事に着目したベンチマーク
多くのAI向けコーディングベンチマークは、小規模で自己完結したタスク(アルゴリズム問題や短いコードスニペットの補完など)に焦点を当てています。
しかし、実際のソフトウェアエンジニアリングは、ほんの数行のコードを書くだけでは終わりません。大規模なコードベースを扱い、複雑なバグをデバッグし、既存のシステムへ統合していく必要があります。
SWE-Lancerは、こうした「現場のリアリティ」を重視するため、Upworkで実際にフリーランスのエンジニアが請け負ったタスクを直接ベンチマークとして利用しているのが特徴です。つまり、ベンチマークの各タスクは、過去に実在するエンジニアが報酬を得て解決した「本物の仕事」です。
SWE-Lancerのデータセット
前述の通り、SWE-Lancerのデータセットは大きく2つのメインカテゴリに分かれます。
Individual Contributor(IC)ソフトウェアエンジニアリングタスク
AIがバグ修正や機能追加といった動作するコードを生成しなければならないタスク。
ソリューションはエンドツーエンド(E2E)テストで検証され、実際のユーザー操作をシミュレートして動作を確認。
評価は複数の人間エンジニアが三重検証(トリプルチェック)を行い、正確性を担保。
SWEマネージャータスク
AIはテクニカルマネージャーとして、複数の実装提案を評価し、最適なものを選択。
当時、その案件を担当していた人間のエンジニアリングマネージャーの決定と比較して評価する。
このようにSWE-Lancerは、実際のエンジニアリング業務における「実装力(ハンズオンでのコーディング)」と「上位レベルの意思決定能力」の両面を網羅しているのが特徴です。
では、結果はどうだったのか?
OpenAIの研究者たちは以下を含む複数の最先端LLMをテストしました。
GPT-4o (OpenAI)
Claude 3.5 Sonnet (Anthropic)
o1 (OpenAI, 高度な推論を行うバージョン)
これらのモデルを、総報酬額100万ドルに相当するSWE-Lancerの全タスクで評価した結果は以下の通りです。

Claude 3.5 Sonnet: 40万3000ドル(全体の40.3%)を獲得
o1: 38万ドル(38.0%)
GPT-4o: 30万4000ドル(30.4%)
また、すべてのモデルにおいて、コーディングタスク(IC SWE)よりも意思決定タスク(SWE Manager)の方が成功率が高いという結果になりました。最も優秀なClaude 3.5 Sonnetですら、コーディングタスクの過半数には失敗しており、LLMが本格的なソフトウェアエンジニアリングワークフローに対応するには課題が残ることがわかります。
ソース: https://arxiv.org/pdf/2502.12115
タスク種類ごとのパフォーマンス分析
さらに詳しく見ると、AIモデルの得意・不得意なソフトウェアエンジニアリングタスクは以下のように分かれています。

クライアントサイドのロジックは、UI/UXタスクよりも取り組みやすい
例)Claude 3.5 Sonnetはクライアントサイドのアプリケーションロジックタスクの23.9%を解決。一方、GPT-4oは8.0%にとどまる。
UI/UX関連の成功率はさらに低く、Claudeが31.7%、GPT-4oはわずか2.4%。
システム全体の品質や信頼性に関わるタスクは非常に苦戦
すべてのモデルでほぼ0%の成功率。大規模かつ複雑なシステム全体のデバッグやQAはまだ難しいと考えられる。
バグ修正に関しては比較的高い成功率
Claude 3.5 Sonnetはバグ修正タスクの28.4%を解決。GPT-4oは9.6%、o1は19.2%。
しかし、新機能の開発(新機能実装タスク)となると、Claudeは14.3%、GPT-4oはほぼ0%と、成果が振るわない。


ソース: https://arxiv.org/pdf/2502.12115
これらの結果から、AIモデルは特定の狭い範囲で明確に定義されたコーディングの問題(バグ修正や小規模なアプリケーションロジックなど)に強みを持つ一方で、システム全体を俯瞰しなければならないタスク(システム信頼性、UI/UX改善、大規模な新機能追加など)には弱いことが示唆されます。
SWE-Lancerが重要な理由
SWE-Lancerは単なるAI向けコーディングテストではなく、AIが現実の労働市場でどの程度価値を生み出せるのかを示す新しい指標を提示しています。具体的には、AIの性能を「獲得できる報酬額」に直結させることで、AIが本当に仕事として成り立つかどうかを測る仕組みが特徴です。
これは、将来のAI開発において次のような示唆を与えます。
AIが実際のソフトウェアエンジニアリングタスクにどれだけ対応できるか、その進歩を追跡する新たなスタンダードとなる。
AIの弱点が明確化されることで、システム全体の理解や現実的なデバッグなど、どの分野を改善すべきかが明らかになる。
フリーランス市場での自動化の可能性が議論される。もしAIの性能がさらに向上すれば、人間のフリーランスエンジニアの需要や役割にどのような影響が出るのか? AIは人間の仕事を補完するのか、一部を置き換えてしまうのか?
まとめ
今回のSWE-Lancerの結果から浮かび上がる重要なポイントは、意思決定(既存の提案を評価するタスク)においてはAIは比較的高い精度を示す一方、実際のコードを書いて解決する作業(ハンズオンのコーディングタスク)になると成功率は大きく下がるということです。これは、AIが技術的提案の良し悪しを評価する段階では有用であっても、システムの端から端までを考慮した開発スキルをまだ十分に持っていないことを意味します。
現時点では、AIが人間のソフトウェアエンジニアに本格的に取って代わるにはまだ道のりがあると言えます。しかしモデルの性能が向上していくにつれ、SWE-LancerはAIがギグエコノミーで生計を立てられる時代が来るのか、そしてその「いつ」なのかという問いへの答えを示す、ますます重要なベンチマークとなるでしょう。