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『灰の勇者 桃太郎』

「鬼を討つたびに、鬼は生まれる――果てなき輪廻の物語」
――鬼を討ちし英雄はみな同じ運命を辿る


これはフロムソフトウェアの「ダークソウル」シリーズにインスパイアされた和風伝承の物語。
輪廻の宿命に囚われし英雄、灰の勇者・桃太郎の戦いを描く。


序:灰の目覚め

世界は灰と化し、死の瘴気が満ちていた。
陽の光は差さず、大地は冷たく、命の営みはすでに絶えたかのように静まり返っている。

老いた者たちは、生き永らえるために今日も狩りへと向かう。

老人は、屍を狩るために山へ入る。
そこに息づくものはもはや獣ではない。
死してなお歩く骸が、瘴気に包まれ、腐肉を引きずりながら徘徊する。
狩るべきは、それらの亡者。
老いた手に握られるは、欠けた鉈。
刃が鈍ろうとも、屍を打ち倒すには十分だ。

老婆は、毒の沼で衣を洗う。
水と呼ぶには濁りすぎた液体が、ぬめりと腐臭を放つ。
洗う衣もまた、血と泥に塗れたまま。
清めるという行為が、どれほどの意味を持つのか。
だが、それでも老婆は手を止めない。
古き習わしは、朽ちることなく彼女の手に残る。

その時。
毒沼の波間に、ひとつの影が漂う。

赤く熟れた桃。

静かに流れ着いたそれは、異様なまでに鮮やかで、まるでこの荒廃した世界に抗うかのような存在感を放っていた。
老婆はそれを拾い上げる。

「……これは」

指先に伝わる温もり。
それは、この世界に残された最後の希望か、それともさらなる災厄の始まりか。

桃は、まるで息をしているかのように脈動していた。
やがて、その皮は音もなく裂け、中から一つの影が現れる。

桃より生まれし少年――桃太郎。
その肌は蒼白く、痩せた肢体は飢えた狼のようであった。
しかし、その瞳には、深淵を宿していた。

老婆はただ静かに見つめる。
それが、神の御業なのか、鬼の生まれし瞬間なのかを見極めるように。

桃太郎は、何も語らぬまま、ゆっくりと目を開いた。


第一章:呪われし獣たち

かつての英雄に仕えし三匹の獣。
彼らは朽ち、鬼の呪詛を宿し、血塗られし災厄と化した。

〈獣牢の番犬・犬王〉
鎖に繋がれし黒き獣。

口に咥えるはかつての英雄が振るいし大剣
その大剣は剛鉄を裂き、咆哮は魂を震わせる。

「主よ……何故、戻られた」

眼窩の奥に宿るは、悲嘆か、それとも憎悪か。
汝は刃を振るう。
亡き忠義の影を、己の手で葬るために。

〈瘴気の猿鬼・猿厄〉
腐臭漂う瘴気の沼。
そこに蠢くは、醜悪なる猿の亡者。

「おれは、おれだ……だが、貴様は?」

笑う獣は、己の名を知る。
されど、汝の名を呼ぶことはない。

毒の霧が舞う。
腐蝕に蝕まれながら、汝は斬り結ぶ。

〈墜ちし天の監視者・雉天〉
天空に浮かぶ黒翼の影。
かつて天を駆けし雉は、落ちることすら忘れた。

「……討て」

雷鳴が轟き、稲妻が刃となる。
堕ちた翼は、赦しを求めることはない。

汝は、かつての戦友を屠る。
すべてを終わらせるために。

刃が血を吸い、鈍色の輝きを帯びる。
だが、それは呪いか、祝福か。

〈穢れし供物・朽び団子〉

桃太郎が携える、黒く変色し、瘴気を帯びた団子。 かつては仲間と誓いを交わす神聖な糧だったが、今では鬼の呪いを帯びた穢れた供物へと変貌した。

桃太郎は、鬼ヶ島への旅路の中で朽び団子を口にする。 その度に、己の内に巣くう「深淵」が広がり、僅かに指の色が変わるのを感じていた……。


終章:鬼王との対峙

鬼ヶ島の最奥、朽ち果てた玉座の間にて。
そこに座すは、鬼。

だが、それはただの鬼ではなかった。

桃太郎が討ち倒しに来た鬼王―― それはかつて、この地で鬼を討ち果たした英雄その人だった。

鬼王は何も語らぬ。
その瞳の奥には、果てしなき深淵が広がっていた。

何も知らぬまま刃を交える桃太郎。 戦いの果て、桃太郎はついに鬼王を討ち倒す。

その瞬間、自らの身体に異変を感じる。

肌が漆黒に染まり、爪が獣のごとく伸びる。背筋を駆け抜ける悪寒と共に、内なる何かが覚醒するのを感じた。」

「……そうか」

悟る。 鬼を討った者こそが、鬼となる。 それが、この地に根付く輪廻の掟。


【エピローグ:終焉、そして輪廻】

鬼ヶ島が崩壊する中、桃太郎は最後の力を振り絞り、自らの身体に刃を突き立てる。

「次の勇者よ……俺を……討て……」

かくして、灰の勇者の物語は終焉を迎えた。

しかし、彼が倒れた地には、新たな桃が転がっていた。 そして、また新たな不死者が旅立つ――

“次なる灰の勇者”として。

輪廻は続く。

……汝は、英雄か。鬼か。


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