カレン
彼女はアルトのすてきな歌声で世界のひとびとを魅了した。
お兄さんが大好きな女の子だった。
本当は、お兄さんの背中を見つめて、ドラムを叩いているだけで幸せだったのかも知れない。お兄さんの作る曲に合わせて。
若しかしたら、お兄さんより前に出て唄うことが彼女の命の灯火を早く燃え尽きさせて仕舞ったのかも知れない。モニター画面の彼女は、グランドピアノを弾くお兄さんに、寄り添うようにして唄うことが多かった。
彼女は、お兄さんが作った歌をすてきなアルト声で唄って、痩せ細って死んで仕舞った。
彼女の名はカレンといった。
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「この声いいね」
「カレン・カーペンター」
「ああ、カーペンターズか。知ってる」
「聴いたことなかった?」
「『シング』は聴いたことがあるよ」
「有名だもんね。あれは『セサミ・ストリート』に使われた曲」
「ふーん。紘君、そう謂うの詳しいね」
「図書センターの社員だからね。ちゃんと調べとかないといけないの」
「別に貸し出すだけなら、知識は必要ないんじゃない?」
「お客さんに訊ねられたことにはきちんと答えなきゃならないじゃない」
「そう謂うこと訊ねるひと、居るの?」
「滅多に居ないけど、前の社長にそう指導されたから」
「厳しかったんだ」
「厳しくないよ。ただ、仕事は責任持ってやれって云われた」
「リョウ君もそうなの」
「彼は何もしなくても知識が豊富だからねえ」
「なんであんなにいろいろ知ってるんだろ」
「好きなんじゃない? 影郎だって調べものするの趣味じゃない」
「趣味って訳じゃないけど、閑潰しになるから」
「ぼくは仕事に必要なこと以外は調べないなあ」
「忙しいからじゃない?」
「うーん。そうでもないけど、気が廻らない」
「普通そうなんじゃないかな」
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影郎の従兄弟である左人志さんに、息子が出来た。ぼくが三十五の時である。子供は生郎と名づけられた。影郎の分まで生きて慾しいと謂う願いを込めてつけたのだそうだ。彼のように純真で素直な子供に育って慾しいと思った。
よく顔を見に行ったが、言葉が話せるようになると、ぼくのことを何故か紘君と呼ぶようになった。誰も下の名前で呼ばないのに不思議なものである。ぼくをそう呼んだのは影郎だけだった。
「こー君、おんも連れてって」
「何処に行きたい?」
「おにわ」
「庭でいいの?」
「があこがいるもん」
があこと謂うのは家鴨のことである。左人志さんの実家に彼ら家族が帰省した際、近所の農家で飼われていた雛を生郎が気に入って、帰る時には泣いてごねるので譲り受けたのだ。尾を振ってよたよた歩き、煩瑣い声でガアガア啼くが、可愛いことはかわいい。
「菜っ葉あげたい?」
「うん」
「じゃあ、お母さんにもらっておいで」
影郎が丹精した畑は、今では生郎の母親が花壇にしていた。明るい陽射しの中、赤や黄色の花がきらめく。そこを家鴨がのたのた歩き、時折地面を突ついている。家の裡から生郎と左人志さんが出てきた。
「草村君、面倒みさせて悪いな」
「いいですよ、閑ですから。生郎も手間の掛からない子ですし」
「影郎とちゃってな。あいつはほんまやんちゃな子ぉでのう、目が離されへんかったわ」
「可愛かったでしょうね」
「まあ、可愛かったけぇどな。ひとりにするとすぐどっか行ってまうで、ついとらなあかんかった」
「こー君、なっぱ」
「があこにあげてごらん」
生郎がサラダ菜を小さな手で差し出すと、家鴨はちょこまかと寄ってきて、嘴をぱかぱか云わせながら食べていた。鶏は突ついて引き毟るように食べるが、家鴨は割とおとなしく食べる。つぶらな瞳は何を考えてるのか判らないが、ひとには懐いてくる。
「美味そうに喰っちょるのう、生郎」
「うん」
「変わった動物を好きになったものですね」
「影郎みたいな変わりもんに育ったらどないしようかの」
「あはは、それはないんじゃないですか」
「そうじゃったらええけんどのう。あんなんになられたら敵わんわ」
影郎のことを笑って話せるようになったのは、生郎のお陰かも知れない。無邪気な存在を無邪気な子供が過去へと押しやった。思い出が色褪せた訳ではないが、そこから悲しみの色は消えて行った。感謝すべきだろう。
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——左人志のとこ行ってきたの?
「うん。生郎と一緒に家鴨と遊んだりしてね、ご飯も食べてきた。生郎、ちょっと影郎に似てきたよ」
——従兄弟の子供だからね。おれと左人志はそんなに似てないけど。……紘君は結婚しないの?
「しない」
——なんで。
「なんとなく……。必要な気がしないから」
——ひとりだと淋しいよ。子供が居たら愉しいと思うけどなあ。
「愉しいだけじゃ結婚は出来ないよ。ぼくは……、家庭に落ち着くほど大人になっていないのかも知れない」
——紘君は確乎りしてるのに、責任を負うことを怖がるね。
「懲りたのかな」
——おれの所為?
「影郎の所為じゃないよ。ただ、……そうだなあ。自分の面倒をみるのに精一杯なのはある」
——リョウ君はやっと清世さんと入籍したよね。
「彼はぼくなんかより責任感あるよ。入社して半年くらいで清世ちゃんと暮らし出して、猫も三匹飼ってて、前から一家の主って感じだったから」
——あはは、リョウ君が一家の主って。
「でも、ほんとにそうだよ。清世ちゃんなんか頼り切ってるからね。ああは出来ない」
——出来るよ。紘君なら、大丈夫。
+
雨が降るとあの日を思い出す。二月の午後、冷たい雨が降っていた。冬の雨に濡れて影郎は路上で死んで了った。何度も考える。前の晩、あんなに淋しそうにしていたのはどうしてかと。何かが彼の裡で終わりを告げていたのだろうか。
それを伝える為に、あの時もぼくの結婚のことを口にしたのだろうか。ひとりになってしまうと云った影郎に、ずっと傍に居るとぼくは云った。その言葉を守ろうと謂うのではないが、恐らくぼくは結婚しないだろう。もう、誰かと共に暮らす気にはなれない。
猫は何も云わず、ただ甘えてくる。それだけでいい。
それ以上はもう、ぼくには必要ない。子供のままいられるのなら、そのままでいたい。それが許されるのなら、ずっとそうしていたい。彼の思い出を胸に、ふたりで暮らしたあの日々を忘れずに生きてゆきたい。
女々しい人間かも知れない。だが、情けないと云われてもいいと思った。ひとのことを気にしてもどうにもならない。ひとは自分の範囲内でしか何も出来ない。ひとは外部に手を貸すことは出来ないし、自分自身も起きる物事にさほど有効な手段を持っている訳ではないのだ。
水が上から下へと流れるように、すべては決められたように変化してゆく。それを止める手立てはない——今のところは。チャンネルを変えるように世界を変えられるものなら、とっくにしている。それが出来ないと謂うことは厭というほど身に沁みた。
天使のように無垢で純真な影郎は、ぼくのもとから遠い何処かへ行ってしまったが、夢の中に現れ、生きていた時と同じように笑いかけてくる。
それがいつまで続くのかは判らない。ぼくが死ぬまでかも知れないし、明日の夢にはもう現れないのかも知れない。ひとが聞けば病的に思われるかも知れないが、それでも構わない。
店を終え、深夜の街を車で帰る。彼が死んだ交差点を通り過ぎる。赤いテールランプが流れゆくのを目の端で捉えながら、車を走らせる。仕事が休みの日、影郎に車の運転の仕方を教えたことがあった。車にまったく興味のない彼は、クラッチもブレーキもアクセルペダルも区別がつかず、シフトレバーの動かし方すら知らなかった。
午前の誰も居ない海辺の駐車場で、三回エンジンをかけただけで、彼は車を動かすことを諦めた。そして、無謀運転のトラックにあっさり轢き殺されてしまった。運命の皮肉とはこのことかと思う。どれだけ神を呪ったか知れやしない。恨み尽くして影郎が戻ってくるのなら、丑の刻参りだってしただろう。
もう、何もかも過ぎたことだ。彼が怖がった水の流れのように、過ぎ去ったものは戻ってこない。それを受け入れなければならない。無情な時の流れはぼくを残し、どんどん先へとあらゆるものを追いやってしまう。悲しみが指の間から零れ落ちる。感情がそれに追いつかない。
取り残されたぼくは、振り返って彼の名を呼ぶ。返事が帰って来ないことが判っていても、そうせずにはいられない。もう一度、現実の中であの姿を見ることが叶うのなら、すべてを投げ出してもいい。
夢は再び巡り来る。